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ラブ・ストーリーは突然に

“ラブ・ストーリーは突然に”という曲を
改めて聴いたのは高校生の時だ。

誰かにCDを借りてMDに焼いて、授業中聴いてビックリした。
こんなにいい曲だったっけ!?と。
すかさず、
ねぇ、聴いてよ、と隣の席の女の子に、イヤホンを貸して
「これ、名曲すぎない!?」
と、聴かせた。
その子は、その日から、小田和正の虜になり、めちゃくちゃ女子高生だったけど、一人でコンサートにまで行っていた。
どうだった?と聞くと
「なんかね、おじいちゃんだった」
と答えるあたり女子高生だ。
「あーまじか、おじいちゃんだったんだ、いいね。」
と返した私も、女子高生なのであった。

それから数年経って、私も小田和正のライブに2度ほど足を運ぶことになる。

初めての小田和正は、ライジングサンロックフェスティバルの会場だった。
“小田和正は雨男らしい”という噂通り、
小田和正がライブを始めると、雨が降り出した。
雨の中、遠くに見える小田和正は、
女子高生からすれば、そりゃおじいちゃんだったかもしれないけれど、
大人になった私がみると、大変若々しく感じた。
雨の中“ラブ・ストーリーは突然に”を歌ってくれたのだけど、
あの曲のイントロのチュクチューンというギターの音が鳴った時、
全身に鳥肌がたった。多分本当に、頭から足の先まで、私の肌の全てが鳥肌化していたと思う。
ライジングきてよかった!
雨の中待ってよかった!
これが、私にとって1度目の小田和正だ。

2度目の小田和正は、急にやってきた。
いや、急にったって、小田和正側からすると、ライブのツアーできちんと何ヶ月も前から準備を重ねて、来札してるのだけど、
私にとっては急だった。
父から連絡があり
「来週、一緒に小田和正のコンサートに行ってくれないか?」と誘われたのだ。

私は、当時も今も、父に対しては、永遠に思春期の14歳の女子くらいの反応しかできない。
これは他人が見たらビックリすると思う。
“つっけんどん”というワードそのものの顔して、“つっけんどん”が服を着て歩いているような対応しかできないのだ。絶対他人に見られたくない。かなり恥ずかしい。

だからその時も
「は?別にいいけど。」
と、返した。
本音はとても嬉しかった。
小田和正のライブに行けることも嬉しかったし、父とどこかに二人で出かけることもなかったので、思い出になるな、と思った。
なんとなく、
これから先何度でも行けるじゃん…とはならないことを悟っていて、
最初で最後になるかも、くらいの覚悟で、ライブに出かけた。

きたえーる…だったと思うんだけど、
会場の入り口で待ち合わせをして、
父はスーツ姿でやってきた。
「私の分のチケット代払うよ」と言ったけど、
「いやいいよ、付き合ってもらうし。」という。
父は、みんなが想像する200倍明るい人なので、常にケタケタ笑っていたりニヤニヤにやついてるのだが、
この日もニタニタしながら、
チケット握りしめて、なんか、モゾモゾしている。
「なに?早くチケットだしなよ」
と、つっけんどんな私が父を急かすと
「これ、渡せばいいんだよね?お父さん、コンサートに行くの人生で初めてなんだ!!」
と、どえらいカミングアウトをしてきた。

「はぁ?マジで言ってんの!?
普通に、この紙のチケットをもぎりの人に渡すだけだから!」と言って、列に並び、
父は言われた通りにスタッフにチケットを渡した。
会場内は大変混雑していて、
父はあちこち眺めながら、物珍しそうに
「へぇ!すごいなぁ!」
とか
「こんな感じなんだぁ!」と、嬉しそうにはしゃいでいる。
それはそれは、小学生の息子を連れて行ったような感覚になるくらい喜んでいて、少し気恥ずかしくなるほどだった。
「グッズでも買う?」と促したけど、
「いや、いいわ〜」と素通りした。
あの時、何か、買っておけばよかったな。


コンサートはとても素晴らしかった。
小田和正は、自身のコンサートになると、大変ユニークな人で、
お客に対して悪態をつきまくり、自虐ネタも差し込んでくる。
とても繊細な歌声と、儚い歌詞とは裏腹に、
“ワルオヤジ”という雰囲気を醸し出し、それがとても面白くて、MCで私は腹を抱えて笑った。
その日の「ラブ・ストーリーは突然に」は、メドレーの中に差し込まれ、
フェスで聴いた雰囲気とも違い、それにもとても感動をした。

隣の父を何度か観たけど、父は、目をキラキラに輝かせ、小田和正をまっすぐみていた。
コンサート初心者だったから、どこでどんな反応をしたらいいか分からなかったのかもしれない。
ただただ、真っ直ぐ立って、手拍子するでもなく、リズムを刻むでもなく、ずーっとコンサートを見ていた。
ライブの照明が父を照らして、顔が、表情がよく見えた。

私は、彼が、いつか死んだら、この瞬間を思い出すだろうな、と思った。


コンサートがどんなふうに幕を下ろしたのかは覚えていない。
その後ご飯に行ったのか、いや覚えてないんだから行ってないのだろう。
終わった後に父とどんな会話をしたのかも覚えてないんだけど、
父のことだから、なんか、テキトーなことを言ってニヤニヤしながらさっさと帰ってしまったのだと思う。

私は、そういう時、
もっと父と一緒にいたかったなぁと思う。
もっといろんな話がしたいんだよ、と。
だけど、まだ、一度も言えたことがない。
きっと、ずっと言えないし、
それこそ彼が死んだら、棺に向かって言ってしまうのかもしれない。
「あの日の小田和正さ、悪態ついてて楽しかったよね!」とか。

グッズは買わなかったから、
ツアーのパンフレット的なものを大切に持ち帰り、本棚にそっと差し込んだ。
しばらくは、私の本棚の一番下の雑誌と雑誌の間にひっそりと鎮座していたのだけど、
その後何度も引っ越しを重ねたりして、
そのパンフレットはどこかにいってしまった。

あーとっておけばよかったなぁ。と思うけど、
思い出自体は、きちんとこうやって、心の中に残るものだなと思う。

どうしてこんなことを急に思い出したのかというと、
今朝、私のApple Musicが「ラブ・ストーリーは突然に」を勝手にセレクトして、久々に聴いたからだ。
イントロのチュクチューンで、やっぱり私は鳥肌が立ち、同時にこのエピソードを思い出した。

この曲を聴くと、大抵の人が織田裕二と鈴木保奈美を思い出すのに、
私は父の横顔を思い出すのだということを、
今日初めて知った。

ステージ照明に照らされて、キラキラしながら真っ直ぐに、小田和正を見ていた父は、
今も全然元気にしてる。死んでもないし、まだまだ現役バリバリだ。

昨日急にやってきて、娘たちにお年玉を渡して
「転んで8針も縫ったんだよ〜もうおじいさんなの!!」とおでこを見せてケタケタ笑ってた。

元気でいてもらえたらと思う。
いつかまた、二人でどこかに行けたらなとも思う。
次、小田和正がコンサートで来るのはいつだろう。
今度は私から誘ってみるのも、いいかもしれない。

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