2本のインプラントが変えてくれたこと
私の父は、私が気がついた頃には、歯が一本なかった。
私と父は私の思春期の頃には関係が悪化していたので、どうして失ったのかを聞いたことがないし、にかっと笑う度に「にかっと笑うなよ」と思っていた。
だけどそんな私も、常日頃虫歯に悩まされていた。多分初めて虫歯に悩んだのは中学生の時だったと思う。
虫歯がいくつかあったけど、痛くないから放っておいた。
それに、あの頃母は私の体に関して、あまり深く考えていなかったと思う。
中学生なんだから自分で歯医者に行って、自分で聞いてきてね。くらいの感じで、あまり私の虫歯について深く考えていなかった。
それは、母が健康だし、虫歯も人並み程度だったからだ。
中学生がそんなに歯や体を壊すわけがない。という感覚だったのだろう。
私はそういう母の言葉を鵜呑みにして、まぁ親もこんな感じだし大丈夫だろうと思っていた。
だけどあっという間に私の奥歯は虫歯になり、痛みが出てきて悶絶した。歯が痛いというのは、我慢ができるものではないけど、私は我慢した。
母に言うと、怒られそうな気がしたからだ。
「もーーまたぁ?」と言われると思ったし、私自身、歯がどうなっちゃうのか聞くのすら怖くて、そんな自分が情けなかった。
どんどん痛くなる歯を、ずっと我慢して、気が付くと、奥歯が真っ黒になっていた。
その後どうやって治療に至ったか覚えていない。
その歯は結局すごく悪くなって、とうとう抜歯することになった。
母に「歯はもう二度と手に入らないのよ!」と言われ「隠れてお菓子とか食べてるからでしょう」と怒られた。
そんなこと私もわかっている。歯を大事にしなくては。どうしよう、どうしよう。私の歯。どうしよう。
10代で一本歯がなくなるというのは、見えないところにある奥歯だったけど、かなりの衝撃と恥ずかしさがあった。あとは、恐怖もあった。
歯が一本ない父を心底軽蔑していたのは、誰でもない、私だ。
今度は、私が誰かに軽蔑される。
当時私は思春期だった。人並みに恋をしたり、おしゃれが楽しい女子だった。
だけど、笑うことが怖かった。私の歯が虫歯だらけだって誰かに知られるのが怖かった。
なのに、私はまた虫歯になった。大人になるまでに何度も虫歯になって、反省して、虫歯になって、反省して、を繰り返した。
虫歯だらけだった父を恨んだし、中学生の時にちゃんと治療に連れて行ってくれなかった母を恨んだ。
20代だった私は、人のせいにすることで、心が軽くなったし、軽くなった心でまたチョコレートを食べた。悪循環だ。馬鹿だったんだと思う。ほんと、馬鹿だったんだろうね。
20代も後半になると、仕事が少しずつ入るようになり、貯金額が増えた。貯金額が初めて3桁になったら、やりたいことは決めていた。
「インプラントにする」
いくつかの虫歯と、治療を繰り返した私の口内は、なくなった奥歯と、何かの時に折れてしまって応急処置をした犬歯があって、その犬歯だけ明らかに色が違った。当時もインプラントは保険適用外で、1本30〜40万もする高級品。高い。そのお金があるならGUCCIのバッグが欲しい。けど、バッグはUNIQLOでも売ってるけど、私の歯はUNIQLOにもGUCCIにも売ってない。
お金が貯まったら、インプラントにするんだ!と決めていた。
いや、そのくらい、コンプレックスだったんだ。
貯金額が3桁を超えた日、私は、某国立病院の口腔外科に、飛び込みで行った。ここはインプラントの専門医がいる、ということを事前に調べていた。初診料はかかるけど仕方ない。通帳を握り締めて、いざ国立病院へ。
行くと、一人、私より少し年上の男性医師が出迎えてくれた。
「いや、たまたま、今日一人キャンセル出たから診れるよ。」と言って、私の話を親身に聞いてくれた。
「インプラントに興味があるんですね。大丈夫、僕、インプラント得意なんですよ。」と言って、口内をみてくれた。
私は、この、お医者さんとの出会いがなかったら、今もまだ虫歯に悩んでいたことと思う。
誰にも不安や悩みを打ち明けず、父や母のせいにして、口の中に菌を飼いならしていたのではないかと思う。
口腔外科の先生は、私の歯がインプラントになると、どのくらい快適か、そして、どのくらいその歯と暮らしていけるか、見た目がどう変わるか、どのくらいの期間をかけて治療をするか、そして気になっていた治療費のことも、丁寧に教えてくれた。
時を同じくして、私は掌や足の裏の湿疹に悩まされていたのだけど、それももしかしたら銀歯によるものかもしれないよ?金属アレルギーの検査してみない?と提案をしてくれた。
なんだ、治るのかと思った。なんだ、治せるのか。大丈夫なんだ。お金はかかるし、時間もかかるけど、治してくれる人がいる。
私の湿疹だらけで真っ赤なこの手も、もしかしたら、治るのか。治るんだ。
なんだ!ちゃんと、一つ一つクリアしていけば、私、健康な体が手に入るのか!?
と、当たり前のことを、その時初めて知って、感動した。
行動に移して、この先生に出会えて、本当によかったなと思った。
私のインプラント作戦はその日から始まり、妊娠出産を挟んで実に2年半ほどかけて、治療を終えた。
その治療については、いつか、また詳しく記そうと思うけど、インプラントが2本入った、今私の歯は、虫歯がない。
あの時出会った先生が「僕がみられない時にとっておきの歯医者がいるから、紹介してあげるよ!」と言って、歯医者を紹介してくれた。その歯医者も素晴らしくて、私はいまだにそこにお世話になっている。
2ヶ月に一度ほど、歯医者に通い、経過をみてもらい、歯のクリーニングをする。
たまに痛むことがあるけれど、大きな虫歯になっていることはほとんどなくて、
あんなに虫歯に悩んでいた10代20代ってなんだったんだろう?と不思議に思う。
それはちゃんと歯医者に通っていなかったからなんだけど、なぜ通っていなかったのか。
怖かったのだ。治せるって知らなかったから。罪悪感と恥ずかしさが勝って、誰にも相談できなかったから。無知だということは罪なのだ。
もっと早く、あのお医者さんと出会っていれば・・・と思うけど、だけど、20代で出会えたことで私の歯は、間違いなく健康になったし、意識も変わった。それでよかったではないか。
そう、健康ってちょっとした、意識の違いで、全然違う。毎日ものすごく気をつけて、とか、絶対に甘いものは食べない、とか、苦しいことは出来ないのが人間だ。
だから少しだけ、ほんの少しの意識を変えるだけで、自分の体は、こんなにも違う。
いや、体だけじゃない。ビクビクせずに、人前で大口開けて笑えるようになった。そう言う意味で心の方も全然違うのだ。
私は、今日も自分の歯とインプラントで、好きな人と笑いながら、美味しいものを楽しむことができている。
全ては、あの日から始まった。ちょっとした行動と、意識を変えること。これが、いい歯のためにしていることである。