見出し画像

多動な私の決意。

私は幼い頃から多動で注意散漫だ。

親や教師には怒られてばかりで、
周りの生徒にもドジ、天然、宇宙人、奇人変人、呼ばわりされ続けた。

そんな私も

小学から中学、中学から高校へと上がる度

「普通になろう」

と思い、普通っぽい行動を意識するも
毎回失敗に終わった。

馴染めない日本はもう懲り懲りだ!

そう思い、アメリカの大学へ進学し、多様性がより認められる環境にて
自分らしい生き方をしている人や
自分よりも頭がぶっ飛んだ世界中の人間に沢山出会った。


自分も無理に普通にならずに生きて良いんだ、
と思えるようになった。

それから日本へ帰国し、
会社員としての人生を歩むことになる。


幸い、新卒で入った会社が、私が求めていたグローバルな環境だった。

しかも業務では英語も4割くらいで使う。

英語、メンバーの国籍、といった外側の多様性だけでなく

性格、生き方、バックグラウンドといった
内面の多様性も尊重してくれる会社だった。

そこにいる人達は皆、各々の個性を活かし、
苦手は一緒に克服できるように寄り添ってくれた。

今でも
この会社、そしてメンバーに出会えたことが、
自分にとっての財産だ。

間違いやドジばかりをする私も
この日本でも自分らしく生きることができ
成長もできる、

そんな恵まれた環境にあった。
本当に本当に良い会社だ。


だが「起業をして自分のプロダクトを持ちたい」


そんな思いが捨てきれず、
独立を決意し、2022年6月末で退社した。

有給消化をしながら中東へのビジネス研修なども経験するも
7月から完全にフリーになった。

当初予定していた事業は
テストマーケなどをし、自分の限界を感じ
結局方向転換をし、友人と別のサービスを立ち上げることになる。


そこで問題があった。

今はドジな若手の私を指導してくれる存在がないのだ。


危機感を感じた。

そして生きがいも感じない。

会社員時代は、間接的に誰かの役に立ったり、
大好きな会社のメンバーのためにタスクをこなしたり

やりがいがあった。

今の自分は誰も感動させていない
誰も助けられていないのでは?
社会貢献できていない。


そんなこんなで気持ちが沈む日が多くなった。
タスク管理も前よりうまくできないし

物をどこかに置き忘れたり、人にビールを間違ってぶっかけたり
ドジでは済まされないような事を沢山してしまっている。


「これでは自分がどんどんだめになっていく」

そう感じた私は
心療内科に向かった。

理由はADHDの診断をしてもらうため。

昔からモヤモヤしていた自分の言動の謎を
正式に診断してもらうことで

自分のことをより認められるようになるのではないか?

また、医者が寄り添うことで
数々の自分のドジを改善できるのではないか?

そう思った。


先週受診をし、医者が過去から今までの生き方や考え方、
人生についてじっくりヒヤリングをしてくれた。


その後にADHDとADSの筆記テスト(保険適用外)を受けたが
結果は今週判明する。  



続く。


Updated on 2022/08/14
続編を公開しました。




いいなと思ったら応援しよう!