バス停にて
「今から帰るの?」
「はい、飛行機で。」
「あともう2、3日いたら地元のお祭りがあるからいればよかったのに。みんな見に来るんだよ。私の家の近くで。」
「山は登った?」
「白谷雲水峡に行きました。すごく綺麗で。」
「私はガイドをやっていたんだよ。縄文杉にも200回以上登ったことがある。」
「200回!!!」
「女の子は甘えてくる人が多くて。ちょうどあんたと同じ歳くらいの女の子だったかな。途中で足が痛いから歩けないって言うから、ずっとおぶって山を降りて来たことがある。500m先に2人分の荷物を置いて、背負って歩いての繰り返しで。」
「ええええ〜〜??!」
「ああ、楽だ楽だと言ってくるから、むかついて、薮にぶん投げてやろうかと思ったわ。笑」
「ガイドさん、本当に申し訳ないなあ、ありがとうとか言うならまだしも。笑」
「その子宿に泊まるところがなくてな、私の家は広いから、そこに泊めてやったりもした。他にもツアー観光客の団体とか、たくさんいろんな人をうちに泊めたよ。」
「みんなお金を渡してこようとするんだがな、私はそのお金でお母さんお父さんに屋久島のお土産を買いなさいと言って、お金は受け取らなかった。屋久島のお茶を持たせたこともあった。みんな年賀状を送ってきてくれたりするんだよ。」
「私はここに来た人に来てよかったと思ってほしいんだよ。だから観光客を大切にしたいんだ。そしたら私が外へ出て行った時も、人はきっと私を大切にしてくれる。」
彼はこの言葉を何度も繰り返す。
「私は屋久島生まれ屋久島育ちで、東京に18年くらいいたこともある。それで、また今屋久島に帰ってきて、家を建てた。」
「東京では何をされてたんですか?」
「警備の仕事やパチンコ店での仕事をしていた。誰もやりたがらないような仕事をずっとしていたよ。今は屋久島で警備のアルバイトをしてる。」
私は少しだけ自分の話をした。
バスが到着し、私たちはバスに乗り込む。
「あんたともっと早く知り合えたらな。また屋久島に来てな。その時はぜひうちに泊まっていってくれ。」
「神社の近く?」
「調べてくる必要はない。
神社のそばまで来れば、私を知らない人はいないから、辿り着ける。」
彼は手を差し出し、私たちは握手をした。
「お会いできて本当に嬉しかったです。お気をつけて。」
バスから降りたら、彼は満面の笑みで手を振っていて、私も思いっきり手を振りかえす。
心の中に何かが広がっていく。彼の誠実さ、心からの言葉と笑顔を、全身全霊で感じていた。自分が人の誠意を感じる力を持っていることに感謝していた。違う設定の中では恨んでもいた力。
ある言葉が私の中で蘇る。この旅の間にたまたま出会った言葉。どんな状況の中でも幸せはふいに訪れること。
空港行きのバスの中で、涙が出てきそうになる。私は今、屋久島に来ることができて心から良かったと思う。「思う」というよりか「感じる」。屋久島で過ごしたいろんな瞬間や時間、そこで出会った人たちとの時間や顔が思い出される。また屋久島に来よう。これからどうやって生きていくのかは分からない。それでも、私はなにかとても大切なものを受け取り、感じて、それと共に生きていた。表現の仕方が分からない。ただ、生きていたなあと思うのだ。この溢れ出るどうしようもないほどいろんな色に溢れていて、キラキラしている何かを、どうしても表現したいのだ。今、この気持ちを捉えて、離さず、味わっていたい。それはすごく大切なことのような気がして。