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アートで見る現代社会はニュースよりも分かりやすいのかも :横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きている」レポート

現在開催されている第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きている」。横浜美術館と旧第一銀行横浜支店に展示された作品を見て回ったので、気になった作品をいくつかピックアップして紹介してみる。

買ったばかりの中古デジカメで撮っているので写真のクオリティは気にしないでもらいたい。

気候変動や戦争、不寛容や経済格差。私たちの暮らしを支えていた価値が、いま大きく揺らいでいます。見る人それぞれの解釈を許す現代アートの作品は、見知らぬ誰かとその不安を分かち合い、共に明日への希望を見出すためのよき仲立ちとなります。すべてがわかったわけじゃないけれど、新しい扉を少しだけ開けた気がする。会場を訪れた方たちにそんな感覚を持ち返っていただきたくて、横浜トリエンナーレは次の10年への一歩を踏み出します。

横浜トリエンナーレ 公式サイトより
オープン・グループ(Open Group) 『繰り返してください』

美術館に入ると、大きな空間に並べられた大作たちに前後左右を囲まれる。その中でも特に目を引いたのがOpen Groupの作品『繰り返してください』である。ウクライナのアーティスト6人で結成されたOpen Groupは、人々を巻き込みながら人と空間の接点やコミュニティの研究を通した作品作りをしている。
約17分間の映像作品では、ウクライナのリヴィウにある難民キャンプの人々が武器の音を真似する様子が繰り返される。軍事攻撃があった際の対応をまとめたウクライナ政府のガイドブックでは、攻撃に使われた武器の種類によって異なる行動が示されている。そのため、現地の人々は生き残るためにあらゆる武器の音を記憶し、聞き分けているのだ。

ダナ・ハラウェイ 『猿と女とサイボーグ』

志賀理江子の『緊急図書館』には小説や詩集、科学書などジャンルを問わない本が集められている。生活の中で危機に陥った時にヒントとなる本が並び、きっと今本当に必要だと思える本に出会うことができるはずだ。
何度読んでも途中で挫折してしまう、ダナハラウェイの『猿と女とサイボーグ』に再開。久々にペラペラとページをめくってみるとやはり面白くて今なら最後まで読めるかもしれないと気合いが入った。家に帰ったらリトライしてみようという気持ちで撮った写真をメモとして載せておく。

Pope.L 『The Great White Way: 22 Miles, 9 Years, 1 Street』

Pope.Lはパフォーマンスを中心としたパブリックアートを制作しているアメリカのアーティストである。本作品『The Great White Way: 22 Miles, 9 Years, 1 Street』ではスーパーマンの仮装をしたポール自身が地面を這いながら、マンハッタンからサウスブロンクスまでブロードウェイを22マイル移動した様子を収めている。路上に横たわった人に対する人々の話し方や振る舞いに着目。立った状態で彼をみる人々は自然と優越感を感じさせる話し方をするが、「這っている彼は男性的で力強さの象徴となる存在であるスーパーマンの格好をしている」という点に皮肉が込められている。

 ドバイ・ペーテル(Dobai Pe'ter )『アルカイック・トルソ』

哲学的なアプローチをもとに詩や小説、映像作品を制作するアーティスト。
社会主義体制下のハンガリーで哲学者のボディービルダーが、哲学書を読みながら徐々に精神的に混乱していく様子が描かれている。自由に生きることを望み、心も肉体も鍛え上げている青年だが、人間らしく生きることのできない社会に適合できず孤独によって壊れていく。統制社会へのアンチテーゼとも言える作品だ。

トマス・ラファ 『Video V81(左)』  『Video V87(右)』

子どもからお年寄りまでが参加し明るい雰囲気のクィアパレード。そこに乱入する極右集団。その横に並べられた映像は中央ヨーロッパ最大の極右集会の様子である。ポーランドの社会的な問題を異なる日に起きた暴動を並べることで、より明確に可視化している。

(左)V81: Biggest march of nationalists and far right extremists in Europe 2016
ポーランドの独立記念日に極右グループによって行われた「独立の行進」。更新が進むにつれて暴力的になり、更新に抗議する市民との間で暴動となった。
反移民、反イスラム教徒を掲げる彼らの行動は近年ポーランドの大きな問題となっていて、その影響力は政治家にまで及んでいる。

(右)V87: Hooligans attack Queer parade in Białystok (2019)
ポーランドのビャウィストク市、クィアパレードのの参加者に対して極右グループが物理的な攻撃をする様子を収めた映像作品。多くの怪我人がおり、ポーランドでは大きな議論を巻き起こした象徴な出来事である。
極右グループの人々があまりにも映画の悪役のような出立ちをしていて、そんなに分かりやすいものなのかと少し笑ってしまった。

トマス・ラファの作品が詳しい解説とともに一覧で並べられている ↓


ピッパ・ガーナ(Pippa GARNER)『Un(tit)led 軍服のセルフポートレート』
ピッパ・ガーナ(Pippa GARNER) 『Human Prototype』

アメリカの消費社会を風刺しつつ社会の男性性・女性性に疑問を投げかけ、個人の解放をテーマとした作品を作り続けてきた。
男性性の象徴である軍服を着た自身のセルフポートレートは、時代を先取りしてジェンダーバイナリーに抵抗してきた彼女自身の姿と、広告が作り出す女性らしさに対する強いバイアスへの抵抗を感じさせる。現代であれば違和感なく受け入れらる作品であっても、写真が撮られた1997年やそれ以前はノンバイナリーの存在が受けいられていない時代だった。自身の体を芸術作品の一部として利用してきた姿を写した写真の前を、現代人が違和感を感じることなく通り過ぎる。そんな展示風景を含めて一つの作品として成り立っているように見える。

美術館の中央に展示された、肌の色と性別の異なる2人の人物が体内で複雑に絡み合う彫刻作品『Human Prototype』も彼女の作品である。

パンカチーフ(Pangkerchief)

旧第一銀行の一階、ガラス張りの壁に展示されていたのはPangkerchiefの作品だ。マイケル・ルンによって始められた深水埗の布市場、棚仔(Pang Jai)繊維街でのプロジェクトで、棚仔の移転反対運動として市場に売られている布で作ったハンカチに、人々の声を刺繍やプリント。暮らしている人々の声が阻害されたコミュニティの現状を伝えるとともに、繊維市場の布を消費することを実現している。
昨年からはパレスチナ連帯のための印刷物も制作し、精力的に活動をしているので注目のプロジェクトだ。

Carlomar Arcangel Daoana(カルロマー・アークエンジェル・ダオアナ)『詩』

3階に展示されていたのはフィリピンの詩人、カルロマー・アークエンジェル・ダオアナの『詩』という詩。画像だと全く伝わらない気がするが、ぜひ実際に訪れて読んでみてほしい。
壮大な自然、そして宇宙の中に存在する私。その流れに身を任せることもできるけど、少しその場で踊ってみるのも悪くないのではないかと優しく語りかける。いくつかの詩が並べられていたが、この詩に妙に惹かれてしまいしばらく眺めていた。

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やはり政治的な作品が集まるトリエンナーレ。どうしても苦手意識があるという人も多いだろうが、よくよく展示背景を知ってみるとかなり面白い。この世界で起きている出来事なのに知らないことばかりで、思ったより面白い時代に生きているのかもと少しワクワクする感覚も生まれてくる。
アートはそこに生きる人々の生き様を伝える媒体となる。そこで得るのは衝撃的な知識ではなく、市民が生み出す日常的な波でしかない。でも、そうじゃないと私たちは正面を向いて考えることができないんじゃないか。大きすぎる社会の歪みはとても受け止めきれなくて、脳みそが考えることを諦めてしまう。

家族や友達と観に行くのもいいけれど、個人的には1人で行くのをお勧めする。みんなが同じ意見を持つことはできないし、考えが合わないことに絶望して考えることを諦めるようなことがあってほしくない。
「あぁこれはちょっと刺さるな」っていう作品を一つ見つけられたら、それだけで大きな収穫になるはずだから。

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