見出し画像

デュカス・バカラ@パリ16区 Innovation Food News From Paris 2024/10/27

パリ16区、アメリカ合衆国広場に面した大邸宅に、バカラがパリの本拠地とミュージアムを移したのは2003年でした。その立派な建物は、20世紀の社交界の中心的な人物だったマリー・ロール・ドゥ・ノアイユ子爵夫人の所有物として知られていました。バカラはもともと工房などが立ち並ぶ庶民的なパリ10区のパラディ通りにミュージアムも構えていましたが、それはバカラがあるロレーヌ地方へと伸びる鉄道の発着駅東駅がすぐそこにあるという立地からだったでしょう。

さて2003年にミュージアムとなった16区の大邸宅ですが、今年2024年は、バカラ村にガラス工場設立がフランス王15世によって許可された1764年から数えて260年にあたるという記念すべき年。この年に新しい第一歩を迎えようと、ミュージアムは閉め、アラン・デュカスとの提携で「デュカス・バカラ」としてリニューアルオープンをこの秋果たしたのでした。今のところ、ブティックとアラン・デュカスによるレストランとバーをオープンしたのみですが、そのスケールの大きさには驚かされています。来年には庭園がオープンする予定で、それをつなぐ回廊も整備されるでしょう。

アラン・デュカスのレストランのシェフに就任したのが、以前から知り合いのシェフ、クリストフ・サンターニュだったのと、バーのレシピを監修しているのが、今をときめくバーテンダー、マルゴ・ルカルパンティエと知って、足を運んで以来、お勧めしたい場所になりました。観光地からも離れ、便利な場所ともいえないので、人通りも少なく、ほっと一息つきたいときの隠れ家のようにも使えます。

この由緒ある豪奢な建造物のエントランスに、足を踏み入れてまず驚いたのは、1階の内壁全体にグラフィティを彫りつけた壁画のアートワークでした。

タトゥーのように刻まれたイラストや文字は、クリスタルに文字を彫りつけるのにも近似しながら、ラスコーの洞窟をも思い出させて、万物と繋がるような、非日常を味合わせてくれます。この壁画を手がけたのは、今をときめくデザイナーでアーティスト、1985年生まれのハリー・ヌリエフでした。

ハリー・ヌリエフはロシア人で、もともと「クロスビー・スタジオ」をモスクワで立ち上げており、ニューヨークを本拠地としていましたが、2022年から仕事の拠点をパリ6区に移しています。それは、「ハドソン川ではなくセーヌ川のそばにこそ」アートとデザインがクロスする場所で、ポテンシャルを感じたからだと言います。

2018年に、マイアミデザイン見本市で展示された、バレンシアガとのコラボ作品「THE OFFICE」で注目されて以来、さまざまなブランドとのコラボレーションで、その独自の世界を展開して、多くの人を魅了しています。

何と表現したら良いか、その空間の時間や哲学、あるいは求められる欲望のようなものを、伝統と未来をクロッシングして物理的に生み出す力がある。バーチャルの世界に似た没入感を与えるといったらいいか。このアーティストをエントランスに選んだ、「デュカス・バカラ」の挑戦をも称えたいと思います。

また、また正午から深夜まで休憩なくオープンしていることから、「ミディ・ミニュイ(正午・深夜)」と名付けられたバーのカクテルは、もちろん、バカラのグラスでサービスされる秀逸なものです。

カクテルのレシピを監修するマルゴ・ルカルパンティエの、アラン・デュカス・グループにおける役割は、アート・ディレクターでありカクテルの創作に関する全て。名カクテルバー「シェーリー・バット」のマネージャーの経験もあるラファエル・ブランとともに取り組んでいます。

アラン・デュカスは雲の上のような存在ではありますが、才能を発掘するためには自身の足で歩いて探しているといい、頭が下がります。マルゴがベルビルの小さなカクテルバー「コンバ」を立ち上げたころから評判が立って、そこへデュカスは一人で訪れたそうです。自分はアラン・デュカスというが、君らしいカクテルを作ってくれと頼んだそう。そんなストーリーが今に繋がっています。

季節に従って、カクテルメニューを変えるそうですが、このバーのエンブレム的なカクテルは「エピナル」。美食の「旨み」を表現したカクテルとの表記で、ジン、ベルモット、蒸留オリーブ、松の実、パルメザン、乳清、バジリコをブレンドしています。「ナルシス(ナルキッソス)」という名の、不思議なフォルムをしたグラスに合う味わい。

それにしても、日本の蒸留酒、日本酒もカクテルのベースに多用されているのはもちろん、「旨み」という言葉がメニューに掲載され、インスピレーションのもとになっているのには、感心しました。

もともと19世紀以前は、甘味、塩味、酸味、苦味の4つが、基本味であり、旨みの存在は科学的に明らかにされていなかったのですが、日本では、出汁などからは、明らかにもう一つの味わいがあると認知されていました。その成分は、グルタミン酸であると発見したのが、理学博士の池田菊苗で1908年のこと。だし昆布からの発見で、そしてその後、鰹節から抽出したイノシン酸、シイタケ中のグアニル酸もうま味成分であることがわかりました。

旨みを高める、グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸の掛け合わせは、和食だけではなく、フランス料理、中華料理、どんな料理でも調理の中で無意識的に行ってきたことです。カクテル「エピナル」の組み合わせもそう。
UMAMIは料理の中に存在しましたが、それに気づいて、科学的に証明し、UMAMIと言語化できていたのが、強みではなかったかと思います。

ZEN以上に、UMAMIという言葉は、形骸的ではなく実践されていると感じ、食は国境を賢く越えることができる。そんなことを教えてくれた「ミディ・ミニュイ」のカクテルメニューでした。

ここから先は

0字
食関係者にとどまらない多くの方々の豊かな発想の源となるような、最新の食ニュースをフランスから抜粋してお届けします。

フランスを中心にした旬でコアな食関連のニュースを、週刊でお届けします。有名シェフやホテル・レストラン・食品業界、流行のフードスタイル、フラ…

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?