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猿を木に登らせる方法

我々生きていれば、やらないとヤバいこと、やりたくないけどやらないといけないこと、気乗りしないけどやった方がいいこと、やろうか迷ってやっていないけどやった方がいいんじゃないかと迷っていること等々、程度の差はあれど自分の心を入れ替えて「やらなくちゃ」という出来事がやってくる。

忘れもしない2019年春。結婚式目前、残り3ヶ月で体重5キロ、お腹周り2センチほど落とさねばウェディングドレスが着れないという危機に直面した。私は私の母のチコさんがかつて着たウェディングドレスを着ることにしたのだが、工藤静香並に細身でモデル並みにスタイルの良いチコさんのドレスは到底私が着こなせるものではなかった。実際に来てみたら腰のファスナーが全く閉まらない。まるで紐で縛られた肉厚チャーシューのよう。レースものなのでサイズ直しもできないとのこと。

でも、当時なぜか「絶対着てやる!」と私は燃えに燃えて決心した。大枚はたいてパーソナルトレーニングを開始。当時流行真っ最中だった糖質オフの食事制限&筋トレに明け暮れた。LINEで食べたものをトレーナーに報告するあやつ。仕事をしながらだったのでランチは大抵オフィスでノートPCの前にポテっと置かれたオイコスヨーグルト。パシャリ写メして送ると、やれ、「加糖なので無糖を選ぶように」、「コンビニで売っているサラダにとりささみも一緒に食べるように」、「ドレッシングはNG」などと、光の速さですかさずダメ出し&指示が返ってくる。ご丁寧に食べちゃいけないものリストまで添付されて。これぞ、ザ・ストイック。

ある日、会社の先輩数名とランチでイタリアンのお店に入った。席についた後でサラダのみの注文はNG、と店員さんから睨みつけられた(と感じた)。ランチ難民になりそうだった私は毛が生えた心臓を武器に「結婚式目前に糖質オフ中なんですよ!」と逆ギレ!

・・はできず、パスタだかピザだかのランチセットを注文してメインは先輩に食べてもらい、付いてきたサラダをいただいた(結婚式が終わったら絶対に食べ放題に行ってカーボンローディングしてやる!と誓った。まさにこれがリバウンドというやつ)。先輩たちは頑張ってね、とご馳走してくれてまるでバファリンのような人たちだった。

こうして半ば逆ギレ、テンション逆マックスでスタートしたプログラムだったが、やればやるほど段々嫌気が差してきた。冷静になって考えれば、何で自らお金を払ってまで、自分が食べた食事にケチつけられなければいけないのか。とは言え、後ろには、はたいた大枚。前には結婚式。チャックが閉まらないドレスを着た新婦を想像しては恐怖心と嫌悪感というマイナス要素の山積みを両エンジンに何とかプログラムを完遂した。脅されれば、猿も木に登る。

こうした私の「ねばらない」事案は、大抵1・2年に一度やってきていた。これまでは。時は昨年9月。生まれた我が子のたー坊はダウン症だと分かった。

たー坊は現在生後8ヶ月。この8ヶ月間、心の入れ替えどきは以前と異なり、割と頻繁にやってきた。2−3ヶ月に1度くらい。しかも大抵のことは本人のスローな発達に起因するものなので、本人は愚か私には何をどうすることもできない。恐怖心や嫌悪感で追い立てられても、人参をぶら下げられても、エンジンのかけようがない。ましてや、本人は事情も知らず日々ごきげんでニッコニコ。たー坊が笑わない日をみたことがない。癇癪もない。夜泣きもない。意思のないぐずりもない。

そんな可愛い我が子を尻目に、超極度のセッカチ母は、たー坊の超スロ〜〜ウな発達にジリジリが止まらない。そうだ、母としてできることを左から右まで丸ごとやってやる!と思い立ち、新出単語として我が辞書に登録された「早期療育」という名のものにたー坊の療育をゴリゴリ進めることにした(周囲からはたー坊君のペースでね、焦らずねと念仏のように諭される)。

以前ブログで伝えたように、療育サービスにはいくつか種類や特徴があるのだが、たー坊は、幸か不幸か現在、①行政の療育サービス、②民間の療育サービス、③訪問型リハビリサービスの3つを受けている。

本当にありがたいことに、日本の手厚い社会福祉サービスや乳幼児の保険(いわゆる「まるにゅう」)のおかげでどれも無料だ。①は隔週、②と③はそれぞれ週1回。そして加えてさらに月1で3つの病院に通院し、それとは別に眼科、耳鼻科のお世話にもなっているので、たー坊のスケジュールは割といつも賑やかだ。

3つのサービスでお世話になっている理学療法士さん(PT)はどの方も穏やかで優しくてとても素晴らしい方々なのだけれど、その中でも特に訪問リハのPTの方が素敵すぎて、毎回私の心の中でスタンディングオベーション&ブラボーの拍手喝采が沸き起こる。

特に奇抜なことを施術するわけでも、こってこてのハニートークを展開するわけでもない。真摯に真っ直ぐに聞いたことに対して的確な回答となぜそうなのかという理由をセットで教えてくれるのだ。何よりその先生、毎回レッスン中にたー坊ができるようになったスモールステップを伝えてくれる。そして、少し先に起こるであろう事象も。私に希望の光を見せてくれる。光を見ると人は喜んで木に登るらしい。レッスンで学んだことをその後の1週間、必死に繰り返す。最近、度が過ぎて、自宅の1部屋にたー坊さんの特訓ルームとして精神と時の部屋を作った。

たー坊は生後8ヶ月の現在も首が座らず、寝返りができない。それでも首座りに関してはうつ伏せで顔を上げるのはかなり安定してきたが、寝返りに関してはそもそも本人にその気が全く見られない。体を動かすのは、足をバタバタするか、弓のように体を剃らせるか。これほど「早期療育」の名の下に色んなサポートを受けているにもかかわらず、特に寝返りに関しては1パーセントのやる気も見られないので、このままずっと仰向けで空を見て、仰向け移動(いわゆる背ばい)を得意とし、頭は頭部が擦れたり、水上では背泳を得意とするのでは、とずっと不安に駆られてきた。

そうした中でも、先生は前の週のレッスンと比べてたー坊ができるようになったことを具体的に教えてくれる。「おもちゃを出すと指がピクリピクリと動くようになりました。手に意識が出てきてる証拠ですよ」、「腕はまだですが、肘は動きやすくなってきましたよ」とか。「確かに気づきにくい小さいことかもしれないけれど、とても大切なことですよ」と添えて。

寝返りのためには両手が前に出てきてそれぞれがセンターラインを超えて行かないといけない。「たー坊くんは右手が得意なようなので、恐らくまず右手が出てきて、そのあと左手が追いついて、腹筋がもっとついて丸くなれるようになれば、寝返りしますから安心してくださいね」と前から言われてきた。

そして、先週なんとたー坊の右手がセンターラインを超え始めた。何の前触れもなくいきなり右手が左手の領空を侵犯し始めた。まだ空間認知が不完全なのか、おもちゃを取ろうとして右手を出してもスカッ、スカッとおもちゃをかするところがまた愛くるしい。セッカチ母は、いいぞいいぞ、次は左手だぞ〜と念力を送る日々である。

発達障害を持つ子の親として、自分が自然とできてきたことを子供ができないというのはまだなかなかにツラい。それでも、こうしてたー坊ができるようになったこと、これから起こるであろうことを教えてもらえれば、時に細く消え入りそうになりかけたガチンコ療育魂はあっさりと再燃する。まさに猿を木にも登らせる効果的なアプローチだ。

親の気持ちが伝わるのか、たー坊も先生のことが大好きだ。毎回レッスンで「ウー!(やだー!)」とか、「ギャー!(やめれー!)」とか叫ぶたー坊を、上手に褒めて軽やかに嗜めるソフトスパルタな先生のレッスン。結果として喜んで木を登る我ら親子の様子を見ている私の両親(チコさんとヤス)もすっかりその先生のとりこだ。

【療育中のたー坊さんの様子】

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