双極性障害の私が司法試験に合格する話(181)躁鬱は私が自分で作り出した説。
先週、久しぶりに落ち込んで、寝込んでいた。勉強は全く全て辞めて、とにかく、何もしないことに集中した。
ただ、自分の中に巡る騒がしい言葉たちを外に出す作業に集中した。
紙に、自分の感情を、ひたすら書き出す。書き出す。書き出す。
その中で、ある発見をした。かなり自分にとっては都合の悪い、知りたくなかったことでもある。でも、それを探していたのかもしれない。
「私が自分で躁鬱を作り出している」ということ。
どういうことかというと、「休みます」のその一言がいえない私に代わって、強制的に動けないようにしたのではないか。予想にすぎないけどかなりしっくりきてる。
この躁鬱は、小さい頃から変わらない。小さい頃は、言葉も拙く、このしんどさをどう表現したら良いかわからなかったから。親に、しんどいと訴えても、「病は気から」と笑われ、無理やり、学校へ追い出された。よほど熱が出るとか吐くとか、体調不良を証拠として示せるものがない限り、休ませてもらえない。私のしんどいのは、「ただだるい」だけ。言葉にしてしまえば、とたんになんてことないように聞こえてしまう。だけど、立ち上がれないほどのだるさを抱えて、涙を堪えながら学校へ行って、休憩時間のたびにトイレで泣いていたのを思い出すと今も胸がギュッとなる。
いつのまにか、私にとって「休みたい」という言葉は、「休める」と言うこととイコールで繋がらない言葉になった。それはただ、親の機嫌を害する言葉でしか無くなっていった。だから、私は、そのまま大人になり、休み方がわからなくなったんだろう。
寝ていても、ずっと、「病は気から。ただの怠け。私が弱いだけ。」そんな言葉が頭を巡り、全く休めていなかった。
そして、本当に限界が来た時に強制的に起き上がれなくさせる。熱や嘔吐のように未だに証拠物は残せないけど、それでも、自分自身に対して、これでもか!というくらいにダルさをかき集めて動けなくさせる。
「休みたい」といえないまま大人になった人の顛末。
「休みたい」が言えない私が私のために創り上げた休む方法。それが、私の躁鬱。
つまりは、結局、「病は気から」なんだろう。だけど、その「気」を軽く見てはいけない。見えないものだから、簡単に考えるし、後回しにしてしまう。だけど、全然、見えないものじゃない。朝、起き上がれない。涙が出る。言葉が出ない。頭が動かない。疲れてる。いつもと違う。ほら、目に見えてるじゃん。それらの症状だって、血が流れるのと全く同じなんだから。綺麗に洗って、薬を塗って、絆創膏を貼らないと。正しい処置をしないとそこから菌が入って別の病気になって、って拡大してしまう。
そんな気づきから、今になって、ようやく、私は、休むことを真剣に考え出した。
司法試験受験生なのだから、毎日20時間くらい勉強する猛者もいるけれど。きっとその人は、たった残った4時間をしっかり休む猛者でもあるんだと思う。
私は違う。休み方を知らないひよっこだ。巷に溢れる、休むための方法をとにかく試してる。お医者さんが言う事からスピリチュアル的な話まで。何でもやってみてる。
どれが効いているかわからない。だけど、休めてる実感がある。
夜、布団に入って、自分に対して、お疲れ様!と思えるようになり、朝はワクワクして目が覚める。こんなことってずっとずっとなかった。
朝起きて、死ぬことばかり考えていた自分が嘘みたいだ。
この先、自分が創り出した躁鬱はどうなっていくのか。それがすごく楽しみ。