双極性障害の私が司法試験に合格する話(206)勉強がやりたくなくてたまらない時。
昨日は、やりたくなくてたまらない1日だった。
そろそろ、鬱が来る頃かと思っていたけれど、なぜか調子がいい。いいことなのだけれど、寝ていることしかできない鬱をなぜか求めてしまう不思議な気持ち。
いやいや、元気なのが1番なのだ!
自習室に行くが、時間が刻々と過ぎる。テキストを机に出すも、見る気がしない。スマホをいじってしまうよりは、寝たほうがいいと思って、自習室の仮眠室にこもった。1時間くらい寝てるかか起きてるかみたいな時間を過ごして、眠気は抜群に晴れた。
だけど、眠気が抜群に晴れることと、勉強のやる気がみなぎることは、イコールでは繋がらない。
目はギンギン。だけど、勉強が嫌だ。やりたくない。だけど、他にやりたいことは何もない。食べたいものもない。息抜きっていってもどうすれば?絶望。
そんな時に、一度、立ち止まって考える。
本当に勉強がやりたくないのか。どうか。
司法試験に合格したい。弁護士として働きたい。これは、心の底から願っていることだし、絶対に達成したい目標であることに揺るぎはない。
それなら、勉強をするしか方法はないのだ。
勉強がしたくないということは、先の目標も叶えたくないことだということになる。そうじゃない。それは違う。
そうだとしたら、勉強がしたくないのではないんじゃないか?と思う。
勉強がしたくないんじゃない。
勉強が難しくて、進んでいる気がしなくて、心が折れそうになっているだけだ。
もっと、前に進んでいる感覚や、達成感を得られるような仕組みづくりを作らないといけないなと思った。
「淡々と勉強する」ことが大事、とは言っても、馬鹿正直に淡々と続けるなんて難しい。続けられる仕組みを作らないといけない。
何度も同じ文章を読んで覚える、やった感覚を記憶するために、回数を正の字で書いていく。
どんどん問題を進めてやっていない問題を減らしていく。
やればやるだけ、推進力はついてくる。やらないと沈んでいくだけ。
そう思い直し、昨夜は、家に帰ってから、頑張れた。
勉強がやりたくないと思った時が、勉強方法の見直し期なんだなと気づく。そこを少しテコ入れするだけで、やる気がみなぎる不思議。
息抜きも大事だけど、結局は、勉強を進めることが1番のご褒美で力になるのだから、やるしかない。
がむしゃらにやるけど、詰まったら、方法論を見直す。冷静に感情と向き合うことが大事だなと思う。
それができるようになったのもまた成長じゃないか、と自分を褒めてあげていいのかもしれない。
さ、今日もがんばろう。