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双極性障害の私が司法試験に合格する話(122)さよならモチベーション。

「モチベーションが大事」とかよく言われるけど、モチベーションがそもそも、私は何なのかよくわかっていない。ということに気づく。

モチベーションが何なのかわかっていないから、モチベーションを上げようとか持続しようとしても、それが意識的にできない。

それに気づいたら、結構いろんな物事を私はアバウトに捉えているなと思った。女優の目標も、ハッキリとした明確な目標がないから、ぼんやり、なんとなく「たまに女優してる」くらいの現状。ただただ「女優になる!」という漠然とした目標だけを掲げて突っ走って、舞台をやってみたら、「なんか違う」と思って、映画をやってみたら、「ああこれだ」と。でも、映画の女優の仕事でご飯は食べれていない、それを女優と言っていいのか、とか。「女優になる」の具体的な概念が明確じゃなかったから、苦しかったような気がする。何がどう苦しかったかというと、エネルギーをまっすぐに向ける対象がわからなくて、努力が分散して積み重ならないことが苦しかった、そんな感じ。女優の目標に関しては、「生涯女優」ってことと、「自分で稼いだお金で映画を作って女優をやる」ことだから、とにかく今は、お金を稼いで自由に女優をすることができる社会的な位置にいられることを目指す=「弁護士になる」ことなので、今の司法試験の勉強も女優の夢を叶えるための努力の一種。前みたいに、漠然としていないから努力が出来るし、積み上がっているのが見えるから努力がとても楽しい。

そうだ!モチベーションの話に戻ろう。努力が楽しいとはいえ、苦しいときはあって、そんなときにどうモチベーションを維持するか、という話が出てくる。みんなモチベーションモチベーションいうけど、「やる気」とは違うのかな?

とりあえず「やる気」だと定義付けるならば、それは、「気」であって、あやふやなものな上、双極性障害を持っている気分屋のプロの私に、操れるわけがない。薬を飲んでようやく日常生活が普通に送れる程度なのだから、高いモチベーション(高いやる気)を維持するのは、かなり難しいことだと思う。

でもそんな私でも、鬱っても、歯磨きはするし、スキンケアはする。それと同じレベルに、勉強を持ってきたい。でも、別に歯磨きもスキンケアもモチベーションを持ってやってるわけじゃない。無意識でやれているだけのこと。

となると...
もしかしたら、勉強にモチベーションっていらないのかもしれない、と今書きながら気づいた。(モチベーションが何なのか知りたくて書いてるのに。)

歯を磨くのはなぜか。
口の中がスッキリして気持ちいいから。

スキンケアをするのはなぜか。
肌がキレイだと気持ちいいから。

歯磨きもスキンケアもその快楽だけで、私は続けてる。つまり、やったことがそのままご褒美になってる。歯磨きやスキンケア=ご褒美となってる。

「勉強をすると、気持ちいい。」

この感覚は、すごく勉強できたときに、確かに思う。逆に勉強できないときは、していないことで罪悪感として自分を攻撃する。それで病む。というのを繰り返してる。

歯磨きをしないから虫歯になる。勉強しないから心を病む。って事と同じかな?

心を病む原因が「勉強しないこと」ってことならば、勉強をすればいい。とりあえずやればいい。そしたら、ひとまず心は健康に保たれる。

なんか読んでいる人いたらごめんなさい。完全に私の脳内整理です。

私にとって、モチベーションを高めることは、あまりいいことじゃないことに何となく気づきましたって話でした。書きながら、わかった。

モチベーション高い時って、いわゆる、私にとって、躁状態なんだ!だから、モチベーションが上がると鬱になるのが怖くなってセーブする。そして結局何もやらないまま、何もやらないことを責めて鬱になってる。

モチベーションが何なのかわからないままだけど、なんとなく、離れた方がいい言葉な気がしたので、ここに吐き出して、離れてみます。

ただ、勉強をして、歯磨きやスキンケアで得る快感を勉強からも得る、そのことに重点を置いてみようと思う。

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