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ずっと、あなたと

私には大切な同期がいる。
同じタイミングで今の会社に入った男性だ。
年齢はほぼ一回り違うが、同期なのと役職が同じなのでタメ口というちょっと変わった仲だ。

「俺、やめるんよ。部長にはもう言った」

そう聞かされたのは先週のこと。
驚きはしなかった。
彼の限界が近いことはよく分かっていたから。

彼の部署の部長は厳しいことで有名だ。
もちろん理由あってのことではあるが。
もともとは私もその部長の配下で仕事をしていたから、部長の厳しさも知っていた。
自分にも他人にも厳しい。
そういう人だ。

2年以上続くことが珍しいこの会社で、私たちは4年の月日を過ごしてきた。
実家を出ている私にとっては、家族よりも長い時間を過ごしたかもしれない。

役職がない時代、チーフになったとき、サブマネージャーになったとき。
チーフになったのは私が早かったが、サブマネージャーになったのは彼が早かった。

私は彼を尊敬している。
彼は高校を中退して社会に出て、人生の半分以上を社会人として生きている。
私は大学を卒業してから社会に出たから、彼は社会人の大先輩だ。
そんな彼の姿から私は学ぶことが多かった。
割り切れないことを割り切って進めていく強さも、責任を負うという苦しみも。
感情に流されやすい私はいつまで経っても到達することができない気がした。

「もう少し頑張ろうよ」と励ましあった日。
私が大きな失敗をしてとことん落ちきって、自分なんか死ねばいいとまで思い詰めた時、「はるかは頑張ってるよ」といつも励ましてくれた。
誰もいなくなったオフィスのベランダに出て、こっそりお酒を飲みながら何時間も話に付き合ってくれた。

私は辞める人を止めたことがなかった。
それがその人にとって幸せになれる最善の方法なら私には止めることはできない。
そう思っていたし、今もその気持ちは揺らがない。
でも、私の口から出たのは「いっくん、やめないでよ」だった。

「はるかは辞めるやつ止めないって言ってたと思うんだけど」と笑う彼。
「うちの課にきなよ。課長もそう言うよ。だって、会社辞めたら絶対今より給料も下がるよ」
私が言うと、彼は「そうだねぇ」とのんびりしたような声を出した。
「確かにねぇ、俺は中卒で運転免許しかない40歳で、転職は5回してる。下がることはあっても上がることはないだろうね。でもさ」
そこまで言って彼は言葉を溜めた。
私は、彼の表情を見て、すべてを悟った。
この人は、もう戻ってこないんだと。
何を引き換えにしても「ここ」から出ていきたいんだと。

「最後の糸は切れたんだよな」

私は、「そっか」と短く呟いてタバコを消した。
薄く、白い煙がたちのぼり彼の姿がぼやけて見えた。

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