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自分の軌跡に自信を持つ


「やりたいことを、着実に実現していてすごい。」
「自分の道を歩んでいてすごい。」

これまでのこと、いわゆる経歴を話すと、こういう言葉をいただくことが何回かあった。
すごいって褒め言葉だと思うので、そんな風に感じていただきありがとうございます!という気持ち。
と、同時に、


「これは結果論で、いつも目の前のことに全力だったな。」
という気持ちが湧いてくる。
いつだって、これでいいのか迷っていたし、不安だった。


最近も、目の前のことを全力でやっている感じで、不安もある。
でも、がむしゃらにやるのではなくて、私なりに意味や目的を持って行動している。けれど、ふとした時に「本当にこれでいいのかな」と思ったりする。



そう思うときはだいたい同じ。
隣の人が、まるで歩くエスカレーターに乗ったかのようにスススー!と進んでいくのを感じたとき。私がいま目の前のことに対して一歩一歩、歩みを進めているのが、なんだか虚しくなってしまう。



他人の努力の全ては見えない。隣の人も実はエスカレーターなんて乗っていなくて、一歩一歩這うように歩き進んできていて、その歩みがあったから、今現在、スススー!と進んでいるように見えるのかもしれない。


でも、"歩くエスカレーター"は確かにある。
言い切れるのは、私がそれに乗ったこともあるから。


「運も実力のうち」とかいうけれど、まさにそれ。
もちろん、実力なしに運だけでは先へ進めない。実力や努力があるのは前提。
隣の人も、最後まで歩くつもりだったところに、急にエスカレーターへ乗れたのかもしれない。



"歩くエスカレーター"に、私も乗りたい。羨ましい。どうして私は乗れないんだろう。


そんな風に思う日もある。


そう思いながらも、私は歩く。
意味や目的を持って、いまある目の前のことに取り組んでいる。


エスカレーターに乗れなくても、歩くことで進むことはできる。
進むことで、私だけの軌跡がつくられる。
そうしてつくってきた軌跡が、実はちゃんと道として繋がったこともあった。やってきて良かったなと思うこともあるし、他の人に認められることもあった。
歩くことが無意味でないと知っている。


だから、私は歩くことを止めないんだと思う。多分。


なんらかの意味や目的を持って歩く中で、それが果たされると嬉しい。
でもそれだけじゃない。
いまそうして私がつくる軌跡から、未来の私や他の誰かが、道を繋いでくれたり、何かを発見してくれたりする。
そんなふうに、軌跡は確実に未来へ繋がっている。



私は、自分の軌跡の可能性を信じて、歩く。
私の軌跡に自信を持つ。
時には止まってもいい。長く休んでもいい。でも、また歩く。
歩いて、軌跡をつくるんだ。


この軌跡は、私だけのオンリーワンのもの。
あなたの軌跡も、あなただけの特別で唯一無二もの。


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