世界史と日本史を接合して同時代史を考えると面白い! ー ややリバ通信R6.4.21 おススメ本からのお話。
はじめに ややリバ通信について
2024(令和6)年4月21日(日)のややリバ通信(一国民の会HP から申し込む有料ライブチャット。60分ライブ月2回200円!)では、前半30分、渡瀬裕哉氏による近況報告やそのときの社会、政治状況について語られます。後半30分は、チャット欄に書き込まれた質問に答えていく、というスタイル。毎回渡瀬裕哉氏のおススメ本が一冊紹介されます。今回は、安在邦夫著『自由民権運動史への招待』でした。
そして、最初30分の語りも、この本に書かれている自由民権運動のことから派生して、裕哉様の歴史の楽しみ方、が語られ、とても勉強になりました。
ライブ配信アーカイブは2週間限定のため、この回については感想などをnoteに残します。
以下、引用は渡瀬裕哉氏の発言を少し編集して記します。太字などは当ブログ筆者によるものです。
自由民権運動史年表をつくってみた。
裕哉様はおススメ本を以下のように評価されています。
2021年に購入して、一度は読んだのですがすっかり内容を忘れています(;^_^A
そこで、第一章をよみながら、自分自身が流れを整理できるように年表にまとめてみました。
この話は、今まで聞いたことがあったかな。。。と思いつつ、話を聞きました。
日本の近代化成功は議会があったから。
日本の近代化は世界的には最後だったのではないか
今までは、日本国内でポーネグリフ(つまり、隠された歴史)を掘り起こすようなことだよ、という話は何度も聞いたのですが、世界史に視野を広げるのは初めてのような気がしました。
西洋近代化が世界に及ぼした順番
エジプトは何だろう?と思って調べてみました。おそらく、オスマン帝国領エジプトが1517-1867なので、このときのことかな?(自信はありません(;^_^A)
ダメになったのはなぜか。議会がなかったからではないか?
裕哉様の仮説はこうです。
なぜ日本は成功したのか?
以上のことから、日本には議会があったので、明治維新が成功したのではないか、というのです。
では、なぜ日本には議会ができたのでしょうか。
世界史的な動きと自由民権運動が受けれ入れられた背景がみえてくる、と裕哉様は仰います。
エジプトを訪問した使節団、をググって調べてみると、このような記事がありました。
以上の記事から、
文久2年(1862)幕府使節団(福沢諭吉同行)
文久3年(1863)12月に遣欧使節団
1871(明治4)年岩倉具視使節団
と、エジプトに立ち寄った記録が3回あります。
この記事には、議会についての言及はありませんでした。
では、なぜ議会があることが、近代化を成功させたのでしょう。
議会を作る民の運動は、まさに自由民権運動のことです。
それを率いた板垣退助と自由民権運動について。
まさに、議会が政府の無駄な出費を抑え、民力休養を実現するからこそ、強い国家となったのだ、という考えに至ったのだと理解しました。
そこで、本を確認して帝国議会第4回のまとめをポストしました。減税の決議に対し、抵抗する政府ですが、実際に身を切る改革を実行しています。
日本史と世界史を接合して考える同時代史
日本は、東アジアにおけるEUみたいなもの
たしかに、チャンネルくららでもEU議会はすごい官僚組織だ、って言っていました。
世界史と日本史を統合し、同時代史を学ぶと楽しい
このような発想は、アニメを政治的に分析してしまうセンスを思い出しました。
まさに、今この減税運動が、日本史、そして世界史の中でどのように位置づけられるか、そして今後歴史はどう展開していくのか。
私たちが今、日々行動していることがどのような意味を持つようになるのか。そんなことを問いかけられた神回でした。
斎藤一人さんは仰います。
「過去は変えられる。未来は変えられない。」
令和の減税運動の意味づけは、後世に譲るとしても、
自分の行動は、その瞬間に過去のものになります。
まず、自分の関心に沿って、自分が楽しい、と思うことを選択して行動します。それが減税運動ならば、きっとそれは楽しい歴史となり、
楽しい日本に繋がるだろうと信じています!
減税あやさん