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「高嶋通達」を知っていますか?航空業界の歴史と現状。驚きの連続!A氏へのヒアリングまとめ

はじめに 

「高嶋通達」なにそれ?

 ある集まりで、日本における規制の話になった。航空業界に詳しいA氏が「高嶋通達」という名の規制について話し始めた。私自身、以前から乗り物に特別な関心も無く、航空業界にも疎い。しかし、規制、に関してはかなり強い関心をもっている。時代に合わなくなった規制を廃止するため、一国民として啓蒙活動するほどである笑。そこでA氏の話に耳を傾けた。

「通達」とは

 「高嶋通達」の、「高嶋」は人名。「通達」は行政機関内部の命令で、外部(民間)には影響が無いことが前提だが、実際には大アリのようだ(みずほ中央法律事務所ブログによる) 
 A氏の話から、この「高嶋通達」はすでに存在しないにも関わらず、いまだ業界の慣習として残り、日本のジェットエンジン産業の健全な市場競争と発展を阻害し続けてきた可能性があるというのだ。

日本における規制の現状

「規制」について、総務省はその数をカウントするのを止め、1日約1個増えている現状が放置されている
 欧米や中国、東南アジアなどは、規制を評価する計算式や規制の1増2減ルール(2:1ルール)の法制化、規制の幅広いグレーゾーンなど、規制を緩くすることで経済発展をすでに成し遂げているが、日本はまだその段階に至っておらず、一般社団法人 救国シンクタンクや、民間人、民間団体などが、理解ある政党、議員に働きかけているところである。

なぜ一般に知られていないのか

 ライドシェア禁止やレジ袋有料化のように日常生活に直接影響する規制※だけでなく、この「高嶋通達」のように、その業界に詳しくないと分からないものがある。一般に知られていないのは専門的な分野だから、ということもあるが、その業界人はそのことを公言することが憚られることもあるからだと考える。
 私のような、航空産業に仕事上直接関わりのない立場で、たまたま今回耳にした「高嶋通達」をもっと深く調べ、日本の航空産業の現状をお伝えしたいと思った。A氏に数度にわたりインタビューを行い、本ブログにまとめた。ぜひ、ご一読いただければと思う。 

※具体的な規制の事例をまとめた小冊子『規制改革がビジネスチャンスを拓く』が救国シンクタンクから発刊されている。

ご興味のある方は同シンクタンク問い合わせフォームよりお問合せください。

第一章 高嶋通達は今も生きている

高嶋通達の歴史

 A氏が語る「高島通達」の根拠は、専門誌『金属』vol.85(2015年)No.4 p318の記述である。

表紙

ここに気になる資料がある. ある重工メーカーの社史によると, 1966年に当時の通産省重工関する申し合わせ』の趣旨を尊重して,原則としてーとあって重工3社の主契約(プライム)の配分を裁定したものである. そしてこの社史には「この体制はこの後大型フロジェクト制度によるジェット工ンジン研究開発の準備及び促進に繋がっていった」とされている.

『金属』vol.85(2015年)No.4 p318 特集 材料研究者からみた航空工ンシン開発      一国産民間工ンジン開発への期待を込めて一   原田広史(太字は減税あやさんによる) 

残念ながら、「ある重工メーカーの社史」は市場に出回っていないので閲覧は困難だが、この「金属」という業界誌は古本市場で流通している。「高嶋通達」とは、簡単にいうと、「日本政府は特定の重工メーカー3社とのみ航空機用エンジンに関する契約を結び、その予算又は受注の配分は通産省があらかじめ決めた通りに実施する」という行政指導である。

 この論考ではメーカー名は伏されているが、「ジェットエンジン産業に携わっている重工メーカーはどこか?」と考えれば容易に想像がつく。冒頭の「ある重工メーカー」は石川島播磨重工業(現IHI)、「貴社外2社」は、三菱重工業川崎重工業のことである。石川島播磨重工業は戦中に我が国初のジェットエンジンである「ネ20」を開発した老舗である。戦後しばらくは、この石川島播磨重工業のみが日本で唯一のジェットエンジンメーカーであった。1960年代に入ると、三菱重工業と川崎重工業がジェットエンジン産業に新規参入する意志を示した。これは、石川島播磨重工業の独占状態を解消し、市場原理による業界の発展が期待される好機だった。

 しかしながら、通産省(当時)が3社の間に「介入」し、1966年に通産省重工業局長(当時)から「高嶋通達」が発せられた。こうして、日本のジェットエンジン産業に市場原理が導入されることは叶わなかった。当時、ジェットエンジンを製造・販売・整備できる日本企業は上述の3社しかなったという背景があるものの、特定の重工メーカー3社だけの寡占状態を通産省が意図的につくり出したことになる。また、主契約の配分は石川島播磨重工業:三菱重工業:川崎重工業=7:1.5:1.5という「噂」がある。この噂が本当であれば、石川島播磨重工業の「利権」がほぼ守られたということになる。
 根拠法令は、現在では経産省・航空機製造事業法(昭和27年)ではないかと推察される。製造産業局・航空機武器宇宙産業課が所管である。現在、経産省のHPの通達一覧をみても、この高嶋通達らしきものを見つけることはできない。同課に電話したところ、電話口は専門の担当者とのことだったが、そのような通達は聞いたことがなく、全く分からない、という回答だった。

参考:
 このブログをアップしたあと、twitter上でこのような情報をいただいたので加えておく。

当時の通産省重工業局長は高島節男氏ですね。通達は、基本的に上から下に流すものです。 通産省の文書番号は、発簡した年、発簡した部局を冠するようですので、昭和四十一年であれば「四一」、発簡した部局は重工業局なので「重局」。つまり、「四一重局第〇〇号」になります。

通達は、重工業局長から通商産業局長へといったような内部部局で回すものもあれば、各都道府県知事へといったような下達になるものもあります。通達は普通は文書に残るものですが、口達によるものであれば、文書には残りません。
(中略)
航空機エンジンであれば、「航空機工業振興法」(昭和33年5月10日法律第150号)で扱うものと思われます。この法律は元々、航空機の国産化を目指して制定されたもので、YS- 11の製造を行なった日本航空機製造株式会社(NAMC)は、この法律を根拠法令として設立されました。

しかし、YS-11は商業的に成功したとは言えず、日本航空機製造株式会社は1982年に解散、日本は1986年に航空機工業振興法を改正(昭和61年4月18日法律第24号)し、航空機の国産化を断念して、民間機に限り、国際共同開発を進める方向に舵を切ることになります。

@prisoner_no60氏のリプライ


カルテルまがい?のジェットエンジン産業の現状


 我が国の重工メーカーは民間用ジェットエンジンを製造・販売していないので、上記で語られているジェットエンジンはもっぱら自衛隊用ということになる。別の言い方をすれば、自衛隊は日本企業ではこの3社からしかジェットエンジンを調達することができないのである。例えば、戦闘機及び輸送機用ジェットエンジンに限定すれば、自衛隊に収めているのは今でも日本企業では石川島播磨重工業(現IHI)のみである。高嶋通達によって新興企業のジェットエンジン産業への新規参入が抑制されていたから、ではないかという推察は容易にできると考える。
 このような推察に対し、次のような反論があるだろう。民間需要が無いのだから別に困ってはいないのではないか。では逆にこのように問う。もしも高嶋通達が無かったらどうであったか。民間で需要が無かった、と言い切れるのか。タラればの話をしても空しい。では、この通達が無くなったときに業界に変化が起きたのか。いつ廃止になったか調査すれば分かりそうなものだが、所管省庁では聞いたこともない、という返事だ。しかし、現実には、現在もこの配分が業界では守られているそうだ。これが事実なら、これはカルテルには該当しないのか。規制による保護の外にある企業は、既得権益に挑むリスクを冒してまで参入する理由を見出せないのは自明だ。一方、保護された企業は、技術やコスト面での競争(切磋琢磨)の動機づけが無くなることも自然なことである。結果、最も不利益を被るのは、自衛隊、ひいては国民ではないだろうか。もしかしたら今頃は、さらによい性能の製品をより安価に買い付けられていたかもしれない。。。。

 そんな、半ば硬直したジェットエンジン産業界に挑んだ企業があった。

第二章 米国で挑戦!ある日本企業の物語

なぜ日本では航空産業が大きく立ち遅れたのか

 また少し歴史を遡る。GHQにより戦後7年間もの間、我が国では航空機に関する全ての研究・開発が禁止されていた。そのため、戦前、戦中軍用機の設計・開発に携わった優れた技術者は、鉄道(新幹線)、乗用車、二輪車の分野へと転向を余儀なくされたそうだ。その結果、我が国の航空産業は世界標準から大きく立ち遅れることとなった。現在も、ANAやJALが運行するような大きな旅客機においては、ジェットエンジン&ボディとも、ほとんどがアメリカ製又はヨーロッパ製である。
 現在、我が国のジェットエンジン産業は自衛隊の需要に支えられて細々と存続している。自衛隊向けジェットエンジンの製造は、第一章で説明したように国内企業ではIHIが独占している。

今、日本ではホンダだけ!

 その一方、ホンダは1986年に小型ジェットエンジンの研究・開発に着手し、2003年にはホンダ単独で開発したジェットエンジンがホンダジェット初号機に搭載され初飛行に成功している。(本ブログのサムネイルは、ホンダHPのトップ画像から拝借した)日本企業で、政府からの補助金や助成金に頼らず、ジェットエンジンの製造・販売・整備を手掛けているのはホンダだけ!なのだ。

 先日もこのような報道を目にしたばかりだ。

 ホンダエアクラフトカンパニーという米国にある子会社が製品化した。
 なぜ、米国、なのだろうか。

ホンダが米国に拠点を置く理由

 ホンダの公式ウェブサイトによると、ホンダとゼネラル・エレクトリック社(GE)(米)が共同で開発したジェットエンジンは、主に米国子会社が取り扱っている。ボディはホンダの100%出資米子会社が製作している。
 ホンダがアメリカに航空事業の製造・販売拠点を置く大きな理由は、以下の3点である。

 ①ニーズがアメリカに多い
 個人顧客としてはトム・クルーズとか!地産地消の原理。

 ②アメリカで雇用を創出し税金を納めるため
  アメリカではFAA(Federal Aviation Administration アメリカ連邦航空局)という役所が航空機の安全管理を担っており、FAAから認可がおりないとアメリカの空で飛行機を飛ばすことができない。アメリカが最も航空需要の高い国なので、アメリカでビジネスを成功させる必要がある。そこで、アメリカに製造・販売拠点を置くことにより雇用創出と納税で貢献すれば、日本企業製の飛行機・ジェットエンジンでもサボタージュされにくい。

 ③国土交通省には、独自に飛行機やジェットエンジンの認可を出す能力がない
 FAAが安全を証明して認可した飛行機やジェットエンジンを追認することばかりで、国土交通省が独自に飛行機やジェットエンジンの安全を担保するために各種試験を計画し、安全性を判断して認可を出した実績がない。

 現実的、戦略的にホンダがチャンレンジしていることがよく分かった。
 また、これは余談であるが、「高嶋通達」を発布した通産省(現 経産省)が、今もなお、自衛隊が必要とする武器、戦闘機などを購入するというから驚きだ。経産省が、購入の是非の権力を握っているということなのか。日本政府にはぜひ見直してほしい点である。

おわりに  今後への希望

 戦前からの繋がりと、戦後GHQによる命令、高嶋通達による戦後につづく政策。そして通達が無くても行政指導が生きる、変化無き業界。変化を起こすインセンティブがなかった、といえばそれまでだが、守られている企業は業界全体の発展についてはどのように考えているのだろうか。。。
 軍事技術もドローンを兵器として使用することは当たり前になっている。自衛隊が必要とするジェットエンジンも、従来より小型化したものを必要とするのは自然の成り行きであろう。そのとき、今の業界が暗黙の了解としている「高嶋通達」は自然と無視されていくようになるのだろうか。その頃には、自衛隊が、優れた民間業者へ発注を掛けることがワンストップになっているだろうか。また、優れたジェットエンジン業者がホンダ以外にも存在し、市場原理で切磋琢磨しているのだろうか。

 ここで、先に引用した業界紙『金属』から、高嶋通達の説明に続く、原田氏の提言を引用したい。

航空工ンジン技術は,日本がいまだ欧米に肩を並べたことのない技術分野として,今日まで残されてきた.日本の航空工ンジンメーカーが海外3 大メーカーへの依存体質から脱却し自立するために残された時間は少ない. 2015年が日本の新たな航空元年とな既近い将来、日本企業が自社プランドエンジンメーカーとして名啝りをあけ,世界に伍して活躍できるようになることを心から期待してやまない
※ GE、フラット&ホイットニー、ロールスロイス 減税あやさん追記)

 この論考は2015年に発表された。すでに8年が経過しているのだが、現状は上記に述べた通りである。

 政府は防衛費増額を認めた。財源確保は、増税ではなく、無駄の見直し、行政改革で十分可能である。(参照 自民党政務調査会 防衛関係費の財源検討に関する特命委員会 提言)
 より低予算でより優れた軍事技術を購入することは、防衛のためにも重要な視点である。ぜひ、ジェットエンジン製造業界においては、高嶋通達の亡霊から脱し、優れた技術開発と販売への自由競争へ転換してほしい。そのために、政府、シンクタンク、業界が連携し、戦略的に働きかけていくことを、一国民として願うばかりである。

最後に、ヒアリング、推敲にご協力いただいたA氏に、心から感謝します。

減税あやさん💛

追伸1 本田宗一郎氏による、「行政改革」と題した講演

追伸2 初めてインタビューの記事化、門外漢の航空業界についての調査、だったので、#私のチャレンジ にエントリーしました!

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