35年前に見えたかもしれない景色の話
教育の話でも仕事の話でもなんでもなく、めずらしく完全プライベートな話です。
2年ほど前になりますが、ピアノを再開しました。
そもそものピアノとの出会いは4歳か5歳のころ。幼稚園の門の目の前にピアノ教室があったのです。その看板が可愛くて。家にオルガンがあったし、幼稚園にもピアノがあったし、自分もやってみたい、と教室に通い始めました。
挫折の始まりは、ソルフェージュ。楽譜の読み方の「理解」は早かったのですが、音感がないので、楽譜を初見で「歌う」ということがどうしてもできませんでした(いまもできません)。次はハノン。つまらなくてしかたなくて。当時のピアノ教室はどこもそうだったと思うのですが、バイエル→ツェルニー・ブルグミュラー・・・と教本はだいたい決まっており、技術を積み重ねるためには必要だったのでしょうが、意味がわからなければつまらない曲も多く、小学校卒業と同時に教室をやめてしまいました。その後、中学・高校で合唱の伴奏をすることはあったものの(たいして弾けもしないのでこれはこれで苦労した)、吹奏楽を始めたこともあり、ピアノへの興味関心は薄くなっていました。最後に人前でピアノを弾いたのは、高校3年の合唱コンクールあたりか。
ピアノ教室をやめて、気づけばおよそ35年(笑)。
きっかけは、ドラマ「コウノドリ」のサントラ(作曲は清塚信也氏)でした。楽譜を入手してみたものの、まず、楽譜が読めなくなっていることにびっくり。フルートもクラリネットもト音記号だったので、へ音記号をすっかり忘れていました。シェアオフィス近くにピアノスタジオがあることに気づき、いちばん小さい部屋を2時間借りて弾いてみたものの、「コウノドリ」は、難易度高すぎてどうにもならない。天才の才能と技術ってほんとにすごいですね。
でも。アップライトとはいえ、ピアノの生音はいいなぁと思いました。そこで、もう少し小さい目標を設定してみようと入手したのが、ブルグミュラー25番・ツェルニー100番・ハノンの3冊。「つまらない」と思ってたヤツらです。そして、実家に奇跡的に残っていたソナチネアルバム1(子どものころ使ってた現物)。これらを使い、小学校4年生くらいを思い出して、月1−2回くらいのペースで弾いてみて、なんとかピアノ教室をやめた頃にやっていた曲くらいまでたどり着くことができました。記憶にある範囲だと、卒業間際にやっていたのは、ソナチネアルバムの9番(クレメンティOp.36,NO.3)。
そこから先は未知の領域ってことで、練習順序や難易度を参考にしつつ1曲づつ練習を進めていったのですが、月1−2回のペースでは、なかなか前に進まない。1曲を通せるようになるのに3ヶ月くらいかかるし、時間があくと前回できてたこともできなくなってしまう・・・
というわけで、今年の2月。
買っちゃいました。
せまい部屋に、ギッチギチに、押し込みました。
(長さ132cm/重さ16kg)
そんなわけで、いつでも練習できる、それも外への音漏れを気にせずに練習できる環境を手に入れました。「続ける」ことを第一に考え、「練習は1日30分まで」「気持ちが乗らない日はやらない」という個人的ルールを設定し、なんだかんだで、4ヶ月以上続けてこられてます。セルフチェックや疑似本番環境も大事だと考え、ある程度の段階で録画し、facebookで晒すことも。
ひとりで練習を進める上で、YOUTUBEで音源が聴けるって言うのは、本当にありがたい時代になったなと思います。音感がない私は、楽譜だけではどんな曲かがわからないので、音源は楽譜を読み解く助けになる。練習の進み具合というか、とっかかりの早さが全く違います。
こうして練習を続けていると。
ほんの少しのことではあるんですが、「できなかったところができるようになる」という小さな手応えが感じられるようになります。ほんの1小節とか、そういうレベルの話なんですが。でも、この「ほんの少し」を積み重ねていったら…?ピアノ教室をやめたころ、ソナチネアルバム1の後ろのページを眺めて「こんなの弾けるわけがない」と思っていた曲たち。もしかしたら、そこにも辿り着けるのかもしれないと思うようになってきたのです。ベートーベンのソナタ(ソナチネアルバムだと16番)に、手が届くかもしれない・・・
で、思ったのです。
これって、もしもピアノ教室に通い続けていたら、
35年前の自分が見ることができていた景色なのかも、と。
あのときやめていなければ、もっと弾けるようになってたのかも、という悔しさがあることも間違いありませんが、それ以上に、35年前の自分のある1シーンの、「別の道」を歩いているような気持ちになってきたのです。
仮にピアノを続けていたとしても、大きく人生が変わるようなこと、例えば音大に進学しようとかいうことは、たぶん、なかったと思うんです。ピアノをやめてから吹奏楽に出会い、その中で基礎的な音楽理論を学んだり、吹奏楽やオーケストラのいろいろな曲と作曲家に出会ったりして、そういう積み重ねがあるから「わかること」もたくさんあっての「いま」なのも間違いない。
でも。
もしかしたら、ピアノとの距離感とか、音楽とのおつきあいの仕方に、もうひとつの人生があったのかもしれない、とかいう可能性を感じてしまったのでした。現に、いままでご縁がなかった作曲家の曲と出会えたりもしてますし。
そんなわけで、「35年前のもうひとりの自分」がいまからどこまでいけるのか、ちょっとした挑戦にワクワクしていたりします。人はいくつになっても挑戦できるし変わっていく・変えていくことができるのだなぁ、と。