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科博で原油を買った話【自動記述20250127】

 午後11時5分

 科博のミュージアムショップで原油を買った。
 ハルキゲニアの模型、
 メンダコのぬいぐるみ、
 迷ったが小壜の原油を買った。

 役に立たなさ、という点でそれが群を抜いていたから。

 戦争を起こすほど有用なのにも関わらず、
 それは役に立たなさという点で群を抜いていたから。

 家族連れやカップルが八割を占める科博のなかを
 独りで歩くのは良い。
 剥製として釘づけられ、
 化石として閉じ込められ、
 模型として象徴された展示物と自己とのあいだに、
 孤絶による連帯が生じるから。

 モグラの剥製のベルベットの毛並み。
 永久に小枝に止まる小鳥たちの悲しみ。
 石化したメタセコイアの株が遙かな
 天を衝く往事の姿を示す。
 子どもたちが足元を駆け回る。
 カップルが睦みあいながらゆっくり歩く。

 ひとけのない階段の脇のベンチに腰掛けて
 何とはなくものを考え、
 そうしてものを考えない。
 ものを考えた後のもののない空虚に
 自らを落とし込むと世界が反転し、
 もので埋め尽くされた博物館は
 空疎を展示する博物館へと移り変わる。

 それから私は注意深く自らの無為を維持しながら、
 ガラスの向こうに展示された無為を見てまわる。

 よく集めたものだ。
 よく出来たものだ。
 などと空疎な感想を空回しながら。

 英語を喋ろうとして失敗した人の、
 この世に存在しない言語で書かれたキャプチャを読みながら。

 誰一人としてこの世に存在したことのない献辞が、
 展示空間の隅に人知れず貼られているのを横目に観ながら。

 もはや人の一人もいなくなった博物館のなかを私は駆ける。

 それから吹き抜けへダイブし、
 自らの血と臓物をぶちまける。
 それから我に返って身体へ戻り、
 また階上へ向かい、同じことを繰り返す。
 二度目、
 三度目、
 四度目と。
 無為の歴史に無為を塗り込もうとして。

 外へ出なければならない。
 そうして外へ出ようと志向する足は
 ミュージアムショップを超えることがない。

 あるいはこの世の外側というのは
 ミュージアムショップで占められているかもしれない。

 その証拠に、
 このミュージアムショップというのには行き着く先が見当たらないし、
 置かれている品物がひとつ残らず益体もない。
 川原の石ころ。
 鳥の羽根。
 ペリット。
 風化したブイ。
 火山弾。
 外洋で採取されたプラスチックスープ。
 アイスコアから採取された数万年前の空気。
 恐竜の糞の化石。
 瀝青。
 ダニの標本。
 玻璃。
 恐竜の足跡の化石。
 開けられていないノジュール。
 猫のひげ。
 そのなかに度々みられる自分の日記。
 自分の日記の一節が印刷されたカレンダー。
 自分の日記の一節が薄く印刷されたメモ帳。
 そして自分の顔面が印刷されたポストカード。

 博物館が私に対して何を言いたいのかは明白だった。
 そうして私は囚われたのだった。

 今や誰もいない、
 冷たい石造りの階段を上下して、
 展示物を隅から隅まで眺めることで時を進めていった。

 そうして私は私の歴史を、
 私の無為の歴史を、
 世界の無為の歴史と同化させていったのだった。

 そうして私は出口のない無為を育み、
 博物館の迷宮をさらに入り組んだものとして構築していったのだった。

 午後11時33分

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