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ある中国人が香港出張の夜にやること。

「これを、楽しみにこの出張に来てる。
香港なら見れるからね。」

少し寂しそうに、でも誇らしげにその人はそう言った。

その顔をずっと忘れられなくて、これを書くことにした。

ちょっと前に香港出張に行った。

代わりゆく香港にセンチメンタルな気持ちになったり、
日中ビジネスの最前線を目の当たりにして興奮してワクワクしたり、
自分の語学力と基礎力の無さに打ちひしがれてみたり。

本当に感情が忙しい1週間だったけど、
今後の自分にとっては何者にも代え難い経験ができたと思っている。

私の人生にいろんな大きな出来事が起きた出張だったけど、今日はそんな出張の中で一つ心に残ったことを書いてみたいと思う。

私にとって初めての香港出張の1週間は激動だった。

スーツを着て商談することもあれば、ヘルメットをかぶって倉庫を視察する日もあった。

毎日が新しいことばかりで戸惑いながらもワクワクしてある。

それも舞台は大学生の頃から焦がれて憧れ続けてきた香港なのだから、私は結構浮かれていた。

この出張は、私の中国人の先輩と日本人のカチョーさん(課長)と、そして中国側の代理店の中国人が上海から合流して道中を共にした。

代理店から来たその人は、若干30にして管理職で、なかなかのやり手だと中国人の先輩は言っていたが、そんなことは感じさせないような物腰柔らかで、頭は丸刈りで、ブカブカのズボンにこれまた微妙にサイズの合ってない少しよれたポロシャツにメガネという出立ちで、ニコニコと穏やかに笑っている人だった。

香港人中国人、台湾人と華人達に囲まれて、圧倒的少数派になった私と日本人の課長は、
飛び交う中国語のなかでこれまた穏やかにゆっくり喋る彼を見ながら、

「この優しそうな人がどうやって血で血を洗うような激烈な中国社会でここまで登り詰めたんだ?」

とヒソヒソと話したりもした。

私の喋る外国人の中国語が珍しかったのか、
新米の私にも優しくその人は話しかけてくれた。

「聞き取れなかったところはあったか?」

「今日の話はまだ新人には難しかったでしょう?」

そんな気遣いが嬉しくて、私はそんな気遣いのおかげで出張中心折れずに最後までなんとか走り抜くことができたのである。

出張はめちゃくちゃハードスケジュールだったものの、仕事が終わった夜に少しだけ夜景を見に行ったり、美味しいものを食べたりするのはやはり一仕事終えた後だけのことはあって、観光で香港に来た時よりも何百倍も夜景は美しかったし、ご飯も美味しい気がした。

この取引先の中国人は、上海人で香港には並々ならぬライバル心が本能的にあるらしく、

私がチムサーチョイで夜景を綺麗だ綺麗だと喜んで写真を撮っていると、

「いや、夜景は上海の方が綺麗だ。君は一度外灘に来てみるべきだ」

と頑なに譲らない。

「いや、上海も行ったことあるけど両方綺麗ですよ!」

と私が言うと、

「いや、上海の方が綺麗だ!」

と言い張っていて、それでもバシャバシャと写真を撮っているのを見て、私はなんだか心がほっこりして笑ってしまった。

私は中国人のこの、「地元絶対LOVE 俺の地元至上主義」な態度がそんなには嫌いではなくて、
いつも中国人が地元について熱く語るのを聞くのが大好きなのだ。

そんな愉快な出張も佳境に入る夜に、
私の中国人の先輩が、仕事を終わらせて
「今日どこかに飲みに行かない?」
とホテルに戻るタクシーの中で問いかけた時に、
毎晩「お!いいね!」とついてきてくれていた彼が、「今日はやることがあるんだ」と拒絶の言葉を口にした。

「そっかー、残念。じゃあまた明日にしようか」

と軽く受け流す私の先輩に、彼は少しだけ迷って。

小さな声で、こう言った。

「君は、王志安を知っているか?」

王志安。

その名前を聞いた時に、聞き間違えかと思った。 
が、はっきりその名前を聞いた。

2022年9月。
ネット上で彼についての記事を読んで、
私は初めてこの「王志安」と言う人物を知った。

「中国の池上彰」とも記事の中で例えられているが、この人物は中国国内のCCTVという国営メディアでかつて調査報道を仕事として行なっていたジャーナリストである。

詳しい内容は上記の記事を読んでくださると、
私なんかがガチャガチャとまとめるよりも分かりやすく、そしてよりおもしろく王志安という人物を知ることができるので、ぜひこちらの記事を読むことをお勧めさせていただきたい。

が、時間のない人のために簡単にまとめると
彼は中央政府に忖度しない調査報道を行い、その姿勢を最後まで崩さなかったがために中国放送界、メディア界を追放され、日本に活動拠点を移した中国ではかなり大御所のジャーナリストである。

現在彼は、主にYouTubeという非大陸のプラットフォームで中国語で調査報道を放映する活動を行っている。

「王??なに?」

とキョトンとした中国人の先輩を押し避けて、
私はタクシーの後ろの席から身を乗り出して。

「王志安!私知ってます!」

と言ってしまった。

「え!日本人が王志安を知ってるの?」

と少し驚いたような顔をした彼は、

キョトンとした顔をしている先輩に簡単に王志安について説明した後に、

「彼のビデオは全部すごく面白い。
僕は上海でもよくみるんだけど、僕の周りでも見てる人は多い。だけど最近、僕がそういうものをVPNを使って見てると、妻がすごく心配して怒るんだよ。だから最近見れてないんだけど、、香港では見れるだろ?
この香港出張が決まった時、見れてなかった彼のビデオを見るのを楽しみにしてたんだ」

「あ、それじゃ今日は夜、彼のビデオを見るんですか?」

と聞いてみると、少しだけバツが悪そうに笑った。

「君は彼のビデオを見てどう思った?」

「どうして彼のことを知ったの?」

という質問に対して、
日本のあるジャーナリストが彼を紹介する記事を書いてそれがきっかけで知ったこと。
同じ時期に中国語の先生から、CCTV仕込みの彼の中国語は本当に聞き取りやすいから勉強にお勧めだと言われてみ始めたこと。

白紙革命についての報道や、李志という中国ではコンサートができない中国人アーティストの東京公演についての報道が面白かったことを話した。

私の話を少し嬉しそうに面白そうに聞いていた彼は、私の隣で王志安について調べる先輩に、

「日本人ですら見てるんだから君もみるべきだよ。君のところでは彼のビデオを見るために壁を越える必要だってないんだからさ」

といって、笑った。

「中国でも彼のビデオを壁を越えてまでみる人はあなたの周りにも多いんですか?」

と聞くと、

「大勢いるよ。たくさんの人が見てる。
だって、彼の報道はとても面白いからね」

といたずらげに笑いながら教えてくれた。

そのタクシーでのやり取りが、香港の出張で1番心に残ったことだった。

それは間違いなく香港という場所であの場面でしか成立しないやり取りだったから。

こんなことを書くと、

「中国人も真実を知りたいという欲望があるのだ!」

とか、

「上海でも密かに民主への希望を燃やす中国人がいる!」

とかそういう大きくて、分かりやすい物語に飲み込まれてしまうけどあえて書くならば。

本当はそんな難しい話ではなくて、
もっとシンプルな気がする。

誰かとあーだこーだと話し合いたいけど、それができない出来事。

本当はもっと知りたいけど情報が閉ざされてしまったこと。

でも話すことが許されないことでも、誰かと話し合いたいし、知ることができないことは知りたいし。


語れなくても語りたい。自分の意見を言いたい。

それは人間の本能だ。

それを純然たる中国人としての立場から思うことをポンポンポンと、誰にも縛られずに言葉にしていく王志安の発信を、中国国内に住んでる中国人が壁を越えてまでも見たい理由に高尚なものなんてない気がする。

きっと彼らは、なんの考えなしに。
まるで親にかけられたチャイルドロックを解除して少しエッチなサイトをみる中学生男子のような気持ちで壁越えをして無邪気にでも真剣に王志安の報道を見つめている気がするのだ。

だけどそれだって確実に彼らの中に何かを育てていて、彼らの中の何かを代弁していて、彼らの心の中に水を撒いているような存在だと感じている。

かつて、王志安のニュースがCCTVの電波に乗ってお茶の間に流れていた中国に出会ってみたかったなあとぼんやり思った。

私が中国と出会った頃にはもう、そんなものは過去のものになってしまっていたから。

そして叶うなら、未来そんな中国と出会えたらこんなに素敵なことはないなあと思ってみたりもした。

香港の夜タクシーで少し小さな声で上海から来た中国人とそんな話をした私の初めての香港出張と夏の終わり。

タクシーが走り抜ける香港の街並みが少しだけ輝いて見えた。

そんな話で今日はおしまい。

香港についてはこんな記事も書いてます。
よかったら読んでいただけると幸いです。

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