29歳の週報第1号 雪降るソウルと誕生日
ついに29歳になった。
そして、年齢を跨ぐ時私はなぜか大韓民国、ソウルにいたのである。
26歳くらいから誕生日にはしゃいだり、
喜びまくったりそういうことは無くなってしまっていたけれど、
今年は人生初の海外で誕生日を迎えるという経験をしたので、そういう意味では特別な誕生日だったような気もする。
が、別にそんな
20代最後の誕生日!特別な海外にしたいから韓国いっちゃうよー!
みたいな素敵で能動的な理由ではなく、
たまたま誕生日に出張が被ってしまっただけのお話で。
私は上司たちと一緒に国際線の飛行機に乗り込みソウルへ飛ぶことになった。
元々中華圏が好きで、中国を追い求める人生となり、今はとある日系企業の中国部門にポストをいただいて中国一色の毎日を送っている。
そんな中国大好きで中国まっしぐらな私なのだが、今年からひょんなことで仕事で韓国関連のプロジェクトを担当することになり、
あんまり今まで目を向けてこなかった韓国と関わることになった。
最初は面食らったけど、
キムさん、イさん、チェさん、パクさん、
耳慣れない異国の名前でメールボックスが埋まっていくのになんとなくワクワクした。
韓国の人は日本語が達者な人が多く、韓国ビジネスの場は韓国人の方々の日本語にお世話になるかお互い拙い英語で頑張るかのどちらかなのが、オール中国語でぶっ通す中国と全く様子が違って面白いなあと思ってみたりもした。
この韓国の仕事自体が、
「特殊な中国マーケットだけでなく比較的オーソドックスな海外マーケットを学んでほしい」
という会社が私のキャリアを考慮して任せてくれたという、大変ありがたいお話で。
しかし任せられたとは言いながらも、あくまで私の仕事は中国メインであり、日々中国現地からのメッセージやらお問い合わせや中国人先輩や上司たちに追いかけ回されながらも、細々とやっていた仕事だった。
しかし、今回会社の方針が変わり、ひょんなことからこの韓国ビジネスに大きな動きが出てくることになり私は会社のお偉いさん達を連れて韓国に行くことになったのである。
私のこの出張騒ぎに中国人の先輩や上司もすごく心配してくれて、自分たちもよくわからないのに一緒になって韓国のホテルやら情報やらを集めてくれるのはなんだか心がぽかぽか温かくなる瞬間であいも変わらずおせっかいな中国人の先輩達に
「気をつけて行ってくるんだぞー」
と、送り出されて私はソウルに向かったのである。
韓国は19歳の時に行ったのが最後だったので、およそ10年ぶりの訪問で、
この10年間、中国大陸、台湾、香港、マカオと中華圏しか行ってこなかった私はまずは漢字のない街並みに衝撃を受けた。
ハングルというこの国の文字は、音を組み合わせて作る文字らしく、覚えれば簡単と言われているが、私は幾度となく挫折している。
そして、この見慣れない文字は、読めない人間から見ると遥か昔ハマってたポケモンのゲームで不気味な洞窟で出てくるポケモンの「アンノーン」を私に思い出させた。
看板の文字が読めないというのはそれだけでまあまあ心理的に人を心細くさせるものということを強く感じて。
なるほど、最近中国人が移住先に日本を選ぶ理由として
「同じ漢字を使う国だから!」
というのを挙げてるのはこういうことなのか、と妙に納得してみたりもした。
現地の子会社の担当者の方達に連れられて、商談の打ち合わせをしたり、現地のマーケとや生産拠点などのあらゆるところを視察に行く中で拙い英語で話した。
いつもの中国出張では、
中国現地の人たちは私なんて目に入ってないかのように中国人上司や先輩達とマシンガンのような中国語で話しまくるのをぼんやりと呆然と見つめてることが多いのに、
ここでは私もメンバーの1人として立派に扱われて、私もしっかり会話に入っていけてるのがすごく嬉しかった。
お互いがお互いの母語ではない英語を話していると、互いが相手が何を言ってるのかをしっかりわかり合おうと双方思える優しさに満ちていて私はそれがひどく居心地が良く感じた。
自信がなかった私の提案や考えを現地の人も日本人上司達もとにかく一つの意見として聞いてくれて、アドバイスや改善点を出し合いながら大型の商談に備える時間、自分が本当に国際ビジネスの一員として入れてる感覚がしてすごくワクワクした。
それは中国ビジネスではまだ味わったことがない感覚だった。
実は私は最近本当に悩んでいたのである。
中国人しかいないチームの中で日本人1人でどうにもネイティブの壁を壊せなくて、いつだってお助け外国人って立ち位置で、薄い薄いでも堅牢な中国人達の世界と私の世界の間に貼られたガラスの壁を壊せなくて。
否、壊す勇気もなくて。
言葉の壁は分厚く高くて、どうにも超える気力もなく超えていく努力もできないで。
どん詰まりなところで疲れ果ててもがいていたのだ。
もう国際事業なんて諦めて古巣の国内部門に戻ろうかと考えることすらあったのだけど。
そんなモヤモヤを抱えて私はソウルにやってきたのだ。
拙い英語で作った資料と自分なりの試算を抱えて、訪れた10年ぶりのソウルにはとんでもない大雪が降り積もった。
みたことのない文字ばかりの街で、
わからないなりに予約したホテルからアポイントをとった商談の場所、からその次の子会社の人たちとの待ち合わせの場所、お偉いさんを連れていく緊張もすごくてドキドキしぱなしの出張だったけど、ビジネス自体は第一関門を突破したような結果でここから頑張らなきゃいけないのはあるけど第一歩を踏み出せたような形で今回の出張でのメインの商談は幕を閉じた。
商談が終わった後に、現地の子会社の人たちが
「打ち上げにみんなでご飯に行こう」
と誘ってくれたので上司達と一緒にみんなで食事をすることになった。
大型の商談が終わりすっかり力が抜けた現地メンバーの方々も上司も取り止めのない話をたくさんした。
そこで、現地の人がふいに
「蒼子さんは韓国に来たことがありますか?」
と私に話題を振ってくれた。
「いえ、10年前に一度だけ…」
と答えると、
「そうなのね。今日本の若い子はたくさん韓国に来てるんだよ。
これからぜひたくさん遊びに来てね。
今回はすごい大雪で大変だったけど…」
と少し残念そうな顔をしながら現地のメンバーの綺麗な女性スタッフはそう言った。
「いえいえそんなことなくて、私は日本の南部の生まれなのでこんなにたくさんの雪が降る景色を初めてみました。本当に綺麗で感動しました」
というと、その人はにっこり笑って
「韓国ではね、大雪には歓迎っていみもあるのよ。
今回の大雪はきっとあなたと韓国の再会をお祝いしてくれてるのかもね」
とゆるりと笑って、お姉さんはクイット焼酎を煽った。
おしゃれな言い回しだなあ、とおもってその言葉を心の名にしまい込むように何回も何回も頭の中で復唱した。
「韓国は好きか?」
今度は男性スタッフの、いかにも韓国映画に出てきそうな風貌のおじさんが聞いてきた。
「好きです。韓国には10年きてなかったけど私は韓国のポップカルチャーが大好きなんです」
というと、おじさんは呆れたように笑って
「ああ、アイドルね。若い子は好きだよね」
と言って流そうとした。
頭の中で、このままで済ませてたまるか!
と、少し韓国の強い酒に当てられて大胆になった私が叫び出す。
「いいえ、アイドルもすごく素敵な韓国の文化だと思いますが、私は韓国の映画が大好きなんです。
韓国の映画は、自国の歴史をしっかりと消化して尊重しながらもエンタメとして消化させる実力のある映画が多くて大ファンなんです。
私は一年に50本は韓国の映画を見ますよ。」
そういうと、おっさんの顔つきが変わった
「そうか、日本人も韓国の映画を見るのか!
なんの映画が好きなのか?」
それから、一生懸命決して上手じゃない英語で好きな映画を説明して、大好きな役者さん達のことも話すと、
なんとなくテーブルを挟んで韓国側と日本側にあった壁がグラスの中の氷が溶けるのと同じように溶けていくのが見えた気がした。
「今公開されてるこの映画は俺も見に行ったんだけど、すごく良かったからぜひ見に行ったほうがいいぞ」
「今から出てくるこの食べ物は、君がさっき好きだと言ったタクシー運転手にも出てくる食べ物なんだよ。食べたことあるか?」
「おいおい、さっきからビールばっかり飲んで。韓国に来たからはマッコリを飲まなくちゃ。
おいおい店員さん、マッコリ!あるだけ!持ってきて!」
少し顔が赤くなった韓国人のおっさん達とお姉さんと韓国の話日本の話をたくさんして、
日本人上司からは
「映画がビジネスに効くとはこういうことか、すごいな蒼村!」と褒められた。
宴もたけなわになったところで
韓国の子会社の部長の女性が少し改まって私の目をまっすぐ見つめて口を開いた。
「今回、蒼村さんがこのプロジェクトを諦めないで取引先に一生懸命交渉してくれたこと、
ここ韓国に日本本社からたくさんの人を連れてきてくれたこと。私たちは本当に感謝しています。
今回の商談は蒼子さん、あなたがいなければ絶対に実現しなかったこと。
すごく大きな仕事をしてくれてありがとう。
みんなで蒼子さんに乾杯しましょうね!」
乾杯!
マッコリの入った器がぶつかり、
私は本当にポロポロ泣きそうになってしまった。
そうか、これが達成感というものなのかと思って泣けた。
ホテルまで送ってくれたおっさんは
「今度は韓国語覚えてこいよー!」
と笑って手を振った。
だから私も大きく手を振った。
ぼたぼたと大粒の雪は止まることなく降り注ぎソウルの街に降り注ぐ。
アルコールで熱った頬に冷たい雪が落ちては溶ける感触がひやりと気持ちよくて幸せだった。
それから1人で夜にソウルの街を歩いた。
吐いた息は白く変わり、
私は28歳最後の1時間をひたすらソウルの街を歩くことに費やした。
ソウルの街に雪が降る。
優しい優しい雪が降る。
3.2.1と数えて、私は29歳になった。
空を見上げて降り注ぐ雪一粒一粒に今日ここに入れたことを感謝した。
いつも最前線からは逃げてばかりで、
目の前の中国人と向き合えなくて、
キャリアも語学力も行き詰まって、
拗ねたような態度で逃げ腰な私に、
韓国の人たちは28歳の私に最後に仕事の達成感と自信をくれた。
ソウルの街は降り注ぐ雪一粒一粒を優しさとして降り注がせて、
まだ諦めんなよ
と言い続けてくれる気すらした。
降り積もる雪にわざとしっかりしっかり踏み締めて足跡をつけながらホテルに帰ってそのまま倒れ込んで眠りについた。
ハッピーバースデー私。
29歳おめでとう。
最高の誕生日だったよね。
いい一年にしていこうね。
コンビニで買った中国人の先輩や上司へのお土産を持って私は明日出勤する。
壁なんて壊せ、
何もかもぶっ壊せ。
それでもっと遠いところ、もっと面白いところに行こう。
韓国だって中国だってきっとやれるはず。
私はまだまだ頑張れる。
29歳の誕生日を韓国で迎えられたことを神様とソウルの空に深く感謝して。
さて、始まってしまった20代最後の一年。
今年もまた忙しなくも愛おしく悲しくても幸せな、数えきれないほどの感情に彩られる一年であることを願って、今週の週報はこれにておしまい。
それではみなさんまた来週の週報で会いましょう!