
AWESOME Choices Issue no.035 農学部での遺伝子組換え研究から医療機器開発へ多様な人々との共創で医療課題の解決を目指すキャリア
祗園 景子さん

祗園さんのプロフィールを教えてください
神戸大学大学院医療創成工学専攻特命教授として、医療現場で何が必要とされているのか、新しい医療を創るにはどのような医療機器を開発すればよいのかを学生さんと一緒に考えています。具体的には、デザイン思考やシステム思考など、問題を設定して解決するときの考え方を教えています。この仕事の面白さは、人が本当に期待していることは何かを考え続けることです。表面的に「ほしい」と言っていることではなく、人を観察したり、話を聞いたりして、心から満足できることは何なのかを探すことです。
以前はサントリーホールディングス株式会社で3年間、青いバラと呼ばれる遺伝子組換えバラの開発者と一緒に、花びらが糸状やフリル状になった遺伝子組換えバラの開発をしたり、神戸大学連携創造本部(現在の産官学連携本部)で創薬ターゲットになる酵素の立体構造を解析するために、その酵素の大量合成・精製して結晶化をする仕事をしていました。その後、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科でデザイン思考とシステム思考を学び、その思考法を使ったワークショップファシリテーションをする機会が増え、神戸大学工学部で道場「未来社会創造研究会」という組織を作り、異分野共創を目指した対話の場作りなどもしていました。
学生時代は、神戸大学の農学部生物環境制御学科(現在の生命機能科学科)、自然科学研究科生物環境制御学専攻(現在の農学研究科生命機能科学専攻)で、農薬を無毒化したり、ダイオキシン類を検出する遺伝子組換え植物を開発していました。サントリーを退職するときに、福山大学で論文審査を受けて博士(工学)を取得しました。バイオテクノロジー、具体的には遺伝子工学を専門としています。
現在は特命教授として医療機器の開発の考え方等に携わっているとのことですが、子供のころはどんなことが好きでしたか?
体を動かすことが大好きで、得意な科目は体育で、休み時間には男の子と一緒にドッジボールをするような子でした。バレーボールもバスケットボールもテニスも好きでしたし、短距離走も得意でした。家族旅行ではスキーによく行っていましたし、スキューバダイビングもやっていました。また、わたしの家では子供の頃から、セキセイインコや金魚、猫や犬などたくさんの動物を飼っていました。メスの猫が子供を産んで、一時は8匹くらい家に猫がいたこともあります。そしてピアノを小学校から中学校まで習っていましたが、音符を読むのが苦手で、楽譜を見ながら弾くことができませんでした。音を聞いてそれを覚えることが得意だったので、いつも暗譜をして弾いていたことを覚えています。今でも、どちらかというと読むことは苦手で、見ることや聞くことのほうが好きです。

体を動かすことや動物と触れ合うような活発で感覚派な
幼少期だったのですね。
高校で理系に進もうと思った理由について教えてもらえますか?
数学や物理は苦手でしたが、生物はとても好きだったので、理系に進みました。高校のときの生物の授業には教科書以外に補助教材として図解を持たされていたのですが、その図解の索引まで覚えるくらい、生き物のことを知りたいと思っていました。
理系に進んだのは、単純に理系のほうがカッコイイと思っていたからです。男性と対等に議論できるようになりたいと思っていたようにも思います。わたしの父はアパレル店舗の内装の図面を引く仕事を、母は英語の教師をしていました。わたしが子供のころは、父親のほうが母親よりも偉いという風潮がまだあり、理系のほうが偉いとどこかで感じていたのかもしれません。高校の化学の先生は「あなたは文系だと思っていました」と、わたしが理系に進んだことにも驚いていました。きっと文系的な考え方のほうが得意なように見えていたのだと思います。当時のわたしは定性的で感覚的に物事を捉える傾向にありましたが、理系に進み、大学で事実にもとづいて定量的に論理的に考えることを学んだことで、幅広い考え方ができるようになったのではないかと感じています。
生物が好きで、男性と対等に議論する理系の方の姿に憧れ、
理系を選んだのですね。
大学で農学部を選んだ理由についても教えてください
生物に興味をもっていたのですが、大学に進学するときに農学部がよいのか理学部がよいのか迷いました。よく分からなかったので、入試に通りやすいほうを選んだというのが正直なところです。今思うと、理学部は真理を探究するための研究をしているところで、農学部は工学部のような側面があり、科学技術を社会へ応用することを視野に入れて研究している傾向があります。純粋に一つのことについて「なぜ」を追究することができる人は理学部のほうが向いているでしょう。一方、いろいろなことにチャレンジしてみたいというような人は農学部のほうが向いているような気がします。わたしはどちらかというと後者だったので、当時はわからなかったものの農学部を選んでよかったと思っています。

大学の研究室を選ぶときは正直、遺伝子工学にはあまり興味がなく、植物病理学をやってみたいと思っていました。しかし、植物病理学研究室を希望する学生が多く、話し合いで揉めに揉めたあげくに、あみだくじにはずれてしまい、農薬生化学研究室(現在の環境物質科学研究室)に入ることになりました。嫌々ながら入った研究室だったのですが、様々なことを学べましたし、いろいろな人にも出会えました。この経験から自分が積極的に選ばなかった道でも、素晴らしいご縁がたくさんあることを知りました。わたしは日ごろから、どちらかというと、来るもの拒まずの性格で、食わず嫌いをせずに一度飲み込んでみようとしますが、この姿勢が身に着いたのは、目の前に意図しない道が現れるという経験を何度かしたからだと思います。
農学部は消極的な選択だったものの、いろいろなことにチャレンジしてみたいというご自身にぴったりの学部だったということが分かりました。
これまでに経験したお仕事について教えてください
わたしが大学生の当時は、遺伝子組換え技術、いわゆるバイオテクノロジーは世界的にブームだったため、農薬生化学研究室で先端技術を学ぶことができました。ただ、技術はあくまで技術で、それを使って何をするのかということのほうが大切です。遺伝子組換え作物は、多くの国で栽培・販売が規制されており、社会的にはあまり受け入れられていません。その後、農薬生化学研究室と共同研究をしていたサントリーホールディングス株式会社植物科学研究所で研究者となり、遺伝子組換え植物の開発を続けましたが、わたしは遺伝子組換え技術を何に使うのか、何のために使うのかということに対する答えを見つけることはできませんでした。
そんな経験から、わたしは遺伝子組換え植物の開発から少し離れてみようと思い、まずは、大学で開発された技術を社会に役立てる仕組みを見てみたいと、大学技術移転機関(Technology Licensing Organization:TLO)で大学の知財(特許)を民間企業に使ってもらうための産学連携コーディネータという仕事に就きました。その後、神戸大学連携創造本部に移り、大学で見つかった病気の原因になる酵素や受容体の立体構造を解明して、その酵素や受容体に結合して病気を治療するための薬を提案する研究に携わりました。これも大学での研究成果を民間企業に使ってもらうための橋渡しをする研究です。酵素や受容体の立体構造を解明するためには、その酵素・受容体の遺伝子を大腸菌や酵母菌へ導入して大量に生産するプロセスがあり、それに遺伝子組み換え技術が必要で、わたしがそれまでに習得していた知識・技術が役に立ちました。
わたしは自分でゼロから1をつくることよりは、大学で生まれた1を企業で10にするために両者をつなぐことのほうが向いているのかもしれないと考えるようになりました。ちょうどその頃、大学の研究成果を民間企業に使ってもらえるようにするために、デザイン思考を使って大学の研究者と民間企業の人との対話を促すことを目的に、神戸大学連携創造本部に文部科学省から予算が配分されました。当時、わたしはデザイン思考という言葉さえも聞いたことがない状態だったため、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科へデザイン思考とシステム思考を学びに行く機会をいただきました。分かりやすく言うと、多様な人たちが一つのテーマについて意見を出し合って、いかに合意形成しながら意見をまとめるかというファシリテーションについての学びました。いろいろな人たちをつなげていくことで、イノベーションが生まれてくる。これが、工学研究者と医師・看護師や患者さんをつなげて一緒に医療機器を開発するという、わたしの現在の仕事につながっています。

基本的にわたしは、何をするかのということはもちろんですが、誰と一緒にするのかということを大切にしながら仕事をしてきました。それは、自分の環境を整えることにもつながります。わたしが大学で仕事をしているのは、常に学んで考えている人が多いからです。ここにいると、自分もちゃんと考え続けることができますし、様々な知識に触れる機会がおのずと多くなると思っています。自分の環境を整えるときには、自分がこうありたい(こうしたいではなく。“Be”であって“Do”ではなく。)というイメージを描くことが大切だと思います。優しくありたいとか、誠実でありたいとか、ワクワクしていたいとか、こうありたいということを実現できそうな環境を探していくと、やりたいことにもつながるのではないかと思っています。
大学で生まれた1の技術を企業で10に役立てたいという理由からこれまでのお仕事を選ばれたのですね。
今のお仕事についてや、今のお仕事のPR ポイントなどがあればぜひ教えてください
2023年4月に神戸大学大学院医学研究科に医療創成工学専攻が設置されました。そして、2025年4月に神戸大学医学部に医療創成工学科が新設されます。ここでは、医療機器を開発することを学ぶことができます。医療機器の開発は、医療従事者や患者、研究者、開発者、弁理士、マーケターなどとてもたくさんの専門家たちが関わります。しかし、実はこれまで医療現場には研究者や開発者が簡単に入ることができず、うまく協力して医療機器を開発することができませんでした。この学科が医学部にあるのは、医療の現場の人たちと一緒に医療機器を開発するためです。医学部の中にあるので、医師になりたい人が学ぶところのように感じて、受験するには少しハードルが高い印象があるかもしれませんが、そうではありません。現場の人たちと一緒にチームで医療機器を開発したいと思っている人のための学科です。

この医療創成工学科で、わたしは医療の現場にある問題を探し出し、その問題を解決するための医療機器のアイデアを考える授業をしています。授業は4-5名の学生さんがチームになって、新しい医療機器を考えます。同じ問題を解決するための医療機器を考えたとしても、チームによってそれぞれで、同じ医療機器を考えることはありません。いろいろなアイデアが出てきて、授業は毎回驚きの連続です。そして、学生さんのアイデアによって、患者さんへ価値ある医療を届けられる日が近い将来に来ると思っています。

神戸大学医学部医療創成工学科ホームページ
最後に
幼少期から生物が好きで、いろいろなことに挑戦できる環境を求めて農学部に進み、現在は神戸大学で医療機器の開発における問題解決に励んでいることがよくわかりました。自分の理想を持ちながら、一緒に働く人との関係を大切にされている祗園さんの更なる活躍を応援しています!貴重なお話をありがとうございました。
あとがき
AWESOMEでは、理系で培ってきた強みを活かして、さまざまな業種や職種で活躍する女性の「選択(Choices)」から見えてきたストーリーを紹介していきます。
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