こういうのがあるからマラソンはやめられない(三浦国際市民マラソン初参加日記)
時計を見ると4時20分。緊張した日は思ったよりも早く目が覚めるものだ。カーテンを開けると、外はまだ黒い。お茶漬けを食べてエネルギーを身体に注ぎ込み、ワセリンを足に塗って準備はオッケーだ。
4年ぶりのハーフマラソンに、いざ出発。
出発
リュックを背負い街灯の光の下を歩く。今日の目的地は三浦だ。酔っ払ってまだ昨日を歩いている人を横目に、京急の電車に乗り換える。
小説のページをめくる。剣戟が飛び交う室町時代のお話に没頭すること1.5時間、三浦海岸駅にたどり着いた。
ふわっと、懐かしいにおいがした。これは、海のにおい
――ではなく、イカを焼いた香りか。
駅前には、商売上手なおばちゃんがすでに海鮮を焼いてスタンバイしていた。これをかいだら帰りに食べたくなること間違いなしだ。こういうしたたかさ、嫌いじゃない。
看板には「三浦海岸桜まつり」の文字が躍っている。看板の横に目をやると、今さら気づいたのかと言いたげに立派な葉桜がたたずんでいた。すっかり春だ。
準備OK
会場へつき、友人と合流する。砂浜に用意されたテントの更衣室でマラソンの服装に着替えていく。
最後にハーフマラソンに出た4年前と比べると、装備もだいぶ変わった。シューズはクッションがきいたやつからスピード重視のものになり、ランニングタイツも使うようになった。
走る距離も変わった。当時は7キロぐらいで身体が重くなっていたが、最近は18キロ走っても2日間で疲れが取れるぐらいにまでなった。
ただ、今日のコースは高低差が約80mもある。記録更新できるだろうか。
荷物を預け、ランナーの列に加わる。スタート位置に並ぶ。
「今年は暖かくていい気候ですね!」
ここではMCのお兄さんがずっと盛り上げてくれていた。たしかに3月初めにしては暖かい。今の格好は長そでインナーとTシャツだ。最初はスタート前に冷えないように上着を着ようかと思ったが、この温度なら大丈夫だと荷物に入れておいた。ありがたい。
待っているとお偉方の挨拶が耳に入ってくる。京急で来た人が多くてご満悦の京急社長、三浦のマラソンは前からやっているのに、東京マラソンの開始日がどんどん近づいてきたことを愚痴る三浦市長などキャラが濃い面々のお話を聞いていると、あっという間にスタート時間が近づいてきた。
三浦の人、こういう普通の挨拶でも笑わせようとしてきてサービス精神が旺盛だ。冷えないようにお兄さんMCの合図に合わせて跳ねていると心もあったまってきた。
スタート!
いよいよ始まる。
ピストルが鳴った。足を踏み出す。身体の調子は絶好調。足が軽い。
今、こうしてたくさんの人と走れているんだ。普段は歩けない道路を、人の群れが駆け抜けていくこの非日常感よ。足を踏む力がさらに軽くなっていく。これがあと1時間以上も続いてくれるんだ。許されるなら、身体の調子がいいならもっと長く走っていたい。
数キロ走ったところで道を右に曲がった。いったんさよなら海。いよいよ勝負の坂道が始まる。足、持ってくれよ。周りの人と一緒に息を荒くしながら登っていく。カーブを登るたびに続きが見える坂道に息を吐きながら、足の機嫌をうかがいながら登っていく。
霊園を突っ切ると、ようやく登りの終わりだ。
視界が開ける。
自然と笑顔になった。
遠くには、浜に押し寄せる波が見える。その手前には何十メートルもする風車がゆったりと回っている。そして、走っている道の左右にはずらりとキャベツが整列していた。今までいくつかマラソン大会に出てきたけど、ここまでいい景色ってなかなかない。頑張って登った先のご褒美ってのがまた憎い。
思わずスピードが上がる。前の人を追い抜かした。
いける!
ここからは、再び海に向かっていく。いよいよ後半戦が始まった。
坂を下りながら足に問いかける。大丈夫か、と。答えは「異常なし」。
ペースを見ると、自己記録と同じぐらいで走れているようだ。よし、ここからは今のスピードをキープだ。そして最後に余力があったらペースを上げよう。
走っていると、だんだん足が重くなってきて足を動かすのが嫌になってくるものだ。ただ、今回はその疲れがまだ来ていない。さっき坂道を駆け上がって酷使したのに、まだいけるとは頼もしい。
小さな坂道が続く。でも、足は馬の脚のようにずんずん地面を蹴っていく。
ラストスパート
あと5キロ。
スピードを上げる。人がどんどん後ろに流れていく。心臓が早くなる。まだいける。
あと2キロ。
さらに歩幅を大きくする。心臓が無理を訴える。頭が計算する。あと10分ぐらいなら無理してもいける。よし、続行だ。
もう時計を見るのはやめていた。
苦しそうに走っている人の横を駆けて背中を見せる。この繰り返し。誰一人抜かしてはこない。マラソンのやりがいの一つは、日々の頑張りがこのような結果として見えるときだ。
あと1キロ。
心臓が限界に近い。呼吸が苦しい。このままいくか、ペースを緩めるべきか
どうしようか。
「オレンジ、すごい!」
と、横からの応援が耳に入った(今日はオレンジの服を着ている)。横を見ると、笑顔のおばちゃんと目が合った。
減ってきたはずの体力の残りが、戻った。応援は力になるとよく聞くが、その理由をはじめて理解した。
おばちゃんにガッツポーズする。スピードを上げるために手を思いっきり振る。さあ、ラストスパートだ。
腕に血液がいかなくなり、手が少ししびれる。
バランスを崩さないように、親指を内側に入れて思いっきり手を握る。
背中を板のようにぴんと伸ばし、身体がぶれないようにする。
一歩一歩、大股で踏み出す。
ゴールのゲートが見えてきた。
「自分に勝った! ほめてあげましょう!」
ゴール横にいるお兄さんMCが、変わらないテンションで盛り上げてくれる。
この勢いのまま、ゲートをくぐった。
デジタル時計が表すタイムは「1時間36分」!
自己新記録を、5分も更新した。
いい大会だった
終わったあと、エイドのスポドリとバナナ、そしてたくあんを受け取る。
たくあんを口に入れると、その塩味と普段はあまり感じない控えめな甘みが身体にしみこんでいった。めちゃくちゃうまい。僕の走る理由の一つは「おいしく食事するため」だ。こういうのがあるからマラソンはやめられない。もちろんバナナも大満足だ。
一息ついたあとに参加証をもらいに行くと、もらったのはまさかの「三浦大根」だった。長細いレジ袋に大根を詰めて歩くのは、非日常感があってそれだけで心が弾む。
しばらくぼーっと余韻に浸ったあと、着替えて友人と合流した。友人も自己ベストを更新したとのことで称えあった。ありがとう三浦。
帰りの食事
さて食事をして帰ろう。
三浦のお店は混んでいたので、京急で横浜に行き、牛角に寄ることにした。たくさん注文しひたすら焼いてく。と、なじみのあるにおいが鼻に入ってきた。
これは、三浦海岸駅にあったあの匂いだ!
友人がイカを注文していた。友人も同じようにイカ焼きのお店が気になっていたのだ。
こうして腹を満たし、満足しながら帰ったのでした。
牛角から出るとき、席に立てかけておいた大根を持つと、大根の先っぽでクッションにくぼみができていた。
飽きさせない景色が移り変わるマラソンコースに、おいしい食べ物と面白いMC、そして応援の人。三浦、また行こう。とにかく楽しいマラソン大会だった。
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