
どうぞ、熱々のコーンスープです
これは、コーンスープが大好きなお婆様との話である。
どれくらい大好きかと言うと、1日3食コーンスープでも絶対に飽きることはないと豪語されていたお婆様だった。
一緒に買い物に行った際には、商品棚に並んでいるコーンスープの箱を全部買い物カゴに躊躇なく入れてしまうその姿から、コーンスープに対する並々ならぬ熱意を感じたものだ。
開けてごらん、と言われた引き出しを恐る恐る開けてみるとコーンスープの箱がぎっしりと敷き詰まっているのを見た時は、本当に好きなんですねと感心してしまった。
そんなコーンスープが大好きなお婆様。
転んでしまう可能性が高かったので自分でコーンスープを作るわけにはいかず、彼女が飲みたくなった時には私達が代わりにカップにコーンスープの粉とお湯をいれてかき混ぜて提供していた。
公式サイトにも、作り方は僅か二手順しか記載されていない。
①カップにコーンスープの粉を入れる。
②熱湯を入れて15秒かき混ぜる。
誰もがお手軽に作ることができるこのコーンスープ。
だがしかし、私達はあることにいつも悩まされていた。
というのも、どんな熱湯を入れてすぐにその待ち侘びているお婆様の元へコーンスープを届けても必ず「ぬるい」と仰るからだ。
「ぬるくて美味しくない」と。
いや、あの、給水器最高温度の熱湯なんですが。
湯気もくもくなんですけど。
というか、熱湯入れてから1分も経たずに運んできたのですが。
どんな説明も彼女には通じない。
これ以上熱いものは提供できないというと、悲しそうに残りのコーンスープを口にするのだ。
ぬるい、ぬるいと。
コーンスープは熱々のものが好きなのだと。
だからこのコーンスープは美味しくないんだと。
カップを持つ私の手が感じていたスープの熱さと、彼女の感じている温度は本当に同じなのだろうかと疑問に感じるほどである。
ちなみに給水器が壊れていたとかそう言う話では決してない。
試しに給水器から出た熱湯の温度を確認しようとしたが、猫舌の私にはとてもじゃないが飲めるものではなかった。
というかカップから伝わる温度でわかる、このまま飲んだら私は口腔内を火傷してしまうと。
誰もが簡単に作ることができるはずのコーンスープのはずなのに。
ちなみに、お婆様に家でのコーンスープの作り方を聞いてみたが、特別なことは何もなかった。
コーンスープの粉の入ったカップに熱湯を注ぐだけ。
たったそれだけのことで、同じことをしているだけなのに。
他の人にも相談をしたが、誰もがお手上げという状態であった。
コーンスープが大好きなお婆様。
大好きなコーンスープを飲む度に悲しそうな表情をしている。
それでも次の日にはまた大好きな熱々のコーンスープを希望するのだ。
永遠のループ。
私は何が正解かわからないまま、この場所で提供できる熱々のコーンスープはこれが限界ですと彼女に説明を行い、その度に悲しそうにコーンスープを飲むとお婆様という日々を過ごしていた。
だがしかし、お婆様の求めていたことはとても単純なことであったことを、ある日私は遂に気づくことになる。
それは、友人の喫茶店に訪れた時のことだ。
クラシカルな店内に流れる落ち着いたジャズ音楽。
私はカウンターに座り、珈琲を淹れる友人の姿を見るのが好きだった。
そして、その日、ある工程の時に目が止まった。
友人が珈琲を淹れるカップに一旦お湯を注いでいた。そう、湯煎だ。
猫舌の私は自分で珈琲や紅茶を淹れる時湯煎をしたことはないが、それでも確か聞いたことがあった。
湯煎をするとしないとでは、淹れた後の珈琲の温度に10度近くの差が出ると。
もしかして…!?と私が思ったのは言うまでもない。
全然見当違いかもしれない。
でも試してみる価値はある。
それに幸いなことにそんなに手間がかかるわけではない。
お婆様が望む熱々のコーンスープが提供できるかもしれない、と私は少し楽しみな気持ちになっていた。
数日後、お婆様からコーンスープの依頼を受けた私は、早速試してみることにした。
コーンスープの粉が入っている袋は一旦そのまま預かって。
給水器から出た熱湯だけをカップに入れる。
熱々が好きなお婆様のことだから、念の為、カップの縁まで充分に温めて。
カップが温まったのを確認して、熱湯を素早く捨てて、今度はコーンスープの粉と熱湯を入れてかき混ぜながらお婆様の元まで戻った。
どうぞ、といつものように差し出す。
心中は少し緊張しながら。
これでもいつもと変わらずぬるいと評されるのか。
それとも熱々のコーンスープだと認めてくれるのか。
カップを持ったお婆様の眉が少し上がったように見えた。
そしてコーンスープを口に運んだ彼女の、その後の表情は今も忘れられない。
ぱぁっと驚いたように目を見開いて、がばっと勢いよく私の方に向いたのだ。
「美味しい!今日のコーンスープはぬるくない!」
どうやら、私の行動は正解だったようだ。
よかった〜、ようやく熱々のコーンスープが完成しました、と笑って答える。
今日はカップを温めてからコーンスープを作ってみたんです、と説明すると、お婆様はカップを一旦テーブルに置いてから、私の両手を勢いよく握った。
「そうなんだよ、ありがとうねぇ。ありがとうねぇ」
顔をくしゃくしゃにしながら、お礼の言葉を口にされる。
たった数十秒の手間で、こんなに感謝されるとは。
その後よくよく話を聞いたところ、熱いもの好きなお婆様にとって湯煎は当たり前すぎて、私達に説明すると言うことが抜けていたらしい。
そして猫舌の私にとっては少し冷めたくらいが適温なわけで。飲み物を湯煎してから淹れるだなんて、正直したことがなかったので思いつくまで時間がかかってしまった。
お互いの当たり前が、誰かにとっては当たり前ではなかったわけで。
今回は思わぬところで解決したからよかったものの。
どこかすれ違ってしまった時は、話し合うことが大切なのだと学んだ。
大好きな熱々のコーンスープを満足そうに飲むお婆様の嬉しそうな幸せそうな笑顔を今も忘れられない。