#29. 王都リフェティ、討ち入り前夜
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#29. 王都リフェティ、討ち入り前夜
話し合いが終わったあと、それぞれの役割を再確認したのちに、ポーリンはチーグたちとしばし歓談した。王都への潜入にあたり、別行動となることが決まったからだ。
チーグは胸を張ると、まるで部下に叙勲をする王のように堂々としながらも恭しくポーリンに言った。
「ラザラ・ポーリン、我々が『何者かになる旅』も最終局面だ。ぬかるなよ」
「そちらも気をつけて」
ポーリンは右手を差し出した。ゴブリンに握手の風習はないが、人間の文化に慣れ親しんでいるチーグはためらうことなく右手を差し出し、両者はがっちりと手を組んだ。
「例え本を失っても、生きていれさえすれば、また本は読める」
それは期せずしてポーリンの口から出た言葉だったが、チーグはおっと感心したような表情を作った。
「『生きていれさえすれば、また本は読める』・・・いい言葉だな」
チーグはいたずらっぽく口元を歪めた。小さな牙が顔をのぞかせる。
「<烈火の魔女>の言葉として、後世に言い伝えよう」
「そうなれば、きっと私は有名人ね・・・ゴブリン王国では」
ポーリンは苦笑を浮かべた。そして、その言葉が実現するかどうかは、これからの任務の遂行にかかっているのだと再確認した。
ポーリンは続いて、親衛隊長のデュラモと従者ノトに向き合った。二人とも無口なため、これまでの旅の道中、それほど言葉を交わすことはなかったが、二人ともポーリンの中のゴブリン像を覆す忠義の者たちであった。
「あなたたちは、チーグ王の立派な護衛と付き人・・・人間の王国であれば、忠義の騎士となったことでしょう」
それが果たしてゴブリンたちにとって誉れの言葉となるのかどうかは分からなかったが、ともかくポーリンはそう伝えたかった。
武骨なデュラモは、まっすぐにポーリンを見つめた。
「我々ゴブリン族は、忠義という概念にあまり馴染みがない。しかし、殿下と旅をするうちに、俺はそれを学んだ。殿下が国王になられた日には、俺がゴブリンの兵士たちに忠義というものを教えたい」
「あなたなら、できるでしょう」
ポーリンはそっとデュラモのざらざらした腕に触れた。
デュラモはやや表情を緩め、穏やかに言った。
「ラザラ・ポーリン、魔法使い殿。我々に力を貸してくれたことに、感謝する」
ポーリンは、小柄なノトのほうへ視線を向けた。見た目は性悪でずる賢そうな『典型的なゴブリン』の顔立ちをしているが、彼もまたチーグの忠実な付き人であった。
「ノト、チーグへの献身的な貢献には、いつも感銘を受けてます」
ノトはピンと背を伸ばした。
「有り難き・・・言葉。恐縮・・・千万・・・」
難しい言葉を、かしこまりながら片言で言うのは相変わらずだった。
ポーリンは少し意地悪な笑いを浮かべた。
「・・・けれども、本当のあなたは、もっとおしゃべりなんでしょう?」
そう言われたノトは、しばらくきょとんとしていたが、おずおずとデュラモの方を見た。デュラモが小さくうなずく。
それを確認すると、ノトはポーリンを手招きして、耳元でささやいた。
早口なのか方言なのか、何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、普段のノトとは比較にならないぐらい流ちょうで饒舌あり、下町の酒屋でドワーフの酔っ払いと罵り合っても負けないくらい迫力のある言葉なのだろうということは、ポーリンにも理解できた。
ポーリンは戸惑いながらも、いたずらっぽく口元に指を立てた。
「このことは、チーグには内緒にしておくわね」
第二王子バレと<四つ目>は、壁にもたれかかりながらその様子を見つめていた。
<四つ目>がそっとささやく。
「いい仲間たちだな」
「そうだね」
バレは肩をすくめた。
「兄は部下にめぐまれた」
淡々という。
昨日までとは打って変わって弱々しくないその声に、<四つ目>は不思議そうな表情を浮かべた。
「ずいぶんと体調が良さそうだな、殿下。今日は咳もしていない」
「・・・ああ、兄が持ち帰ってくれた薬が、かなりいいみたいだ」
そうつぶやきながら、ポーリンたちの輪を見つめるその瞳には、羨望の色が浮かんでいた。そして、ぼそりとつぶやく。
「これくらい体調がいいなら、きっと僕だって・・・」
「何だって?」
<四つ目>は問い返したが、バレは答えなかった。代わりに今までと異なる文脈の問いをする。
「<四つ目>・・・おまえはまだ僕に従うか?」
「ああ・・・元騎士として、契約が終わるまでは忠義を尽くすと誓いをたてている」
「そうか」
バレはすっと目を細めると、思慮を巡らせた。そして考えを整理すると、<四つ目>に小さくささやいた。
「これから僕が言うことを、良く聞いてくれ」
そうして、バレが<四つ目>に耳打ちをしているちょうどそのとき、チーグもノトを近くに呼び寄せていた。
「ノト、昨日捕まえたゴブリンたちを、ここへ連れてきてくれ」
(つづき)
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