#28. 作戦会議
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#28. 作戦会議
王都リフェティは、上空から見れば森の中に「へそ」のように突き出た岩の台地である。
けれども、その真骨頂は地下にある。
かつて、ゴブリン史上唯一の大魔法使いヤザヴィが、その偉大なる魔法を使って台地をくりぬき、地下通路をつないで大宮殿を作り上げた。
地下通路は深く、広大な範囲にわたり、岩の台地の真下のみならず、その周囲の森林の地下空間にまで及んでいた。
王都リフェティ――――その街の巨大さは、実際にその地を訪れた者にしか分からない。
いま、その王都は数百人のホブゴブリン兵によって支配されていた。ホブゴブリンは、ゴブリンよりも身体が大きく、力も強い。戦いの訓練も受けていない一般のゴブリンたちが、ホブゴブリンに抵抗するのは難しかった。
ホブゴブリンたちを率いるのはゾニソン台地のザギス。自ら<酔剣のザギス>と名乗っているらしい。粗暴で邪悪なホブゴブリンたちを力で統制している。
それに協力するのが、ゴブリン王国の保守派の代表を自認するダン。ダンに共鳴する有力・氏族の私兵もホブゴブリンたちとともに王国の治安維持にあたっているが、長老たちも複雑な立場のようだ。ダンの後ろ盾と思われていた何人かの長老も、ザギスに逆らい投獄されているという。
そして、ボラン王は、「大物の人質を捕らえたときに使う」特別牢に監禁されていた。王が自らの牢獄にとらわれるというのは、なんとも皮肉な話であった。
そして、第三王子のヨーは、ゴブリン軍のほとんどを引き連れたまま、西門、通称<岩門>にとどまっていた。ザギスとヨーの間にどのような取引がされているのか不明であったが、少なくともゴブリン軍とホブゴブリン軍の衝突はおきておらず、王国はまずまず平静を保っているというのが、現状であった。
一夜明けた朝、<林の書庫>に潜伏しているチーグとその仲間たちは、逃げてきたゴブリンたちからの情報を総括して、今後の作戦を話合っていた。
「やるべきことは決まったな」
古めかしい机を囲みながら、チーグは力強く言った。
「父上を助け出し、俺の王国への帰還を高らかに宣言する。そして王が兵士たちに撤収命令を出す。ホブどもには撤収してもらうよう交渉するが、場合によっては戦闘になるかも知れない」
そう言って、チーグは緑色の瞳で仲間たちを見回した。本日は服装を整え、人間の貴公子が着るような白いシャツと黄金が刺繍された青いベストを身につけていた。
「自分は、大賛成です」
ノタックがやや興奮気味に言った。
「王を助け出すことができれば、殿下の王国への帰還に何よりもの花を添えることになるでしょう」
「ちょっと待って・・・」
ポーリンが戸惑うように口を挟んだ。
「それはいい考えだとは思うけれど、ホブゴブリンの兵と、ダンの兵たちが守るリフェティに、無事潜入できればの話」
「・・・問題ありませんよ、魔法使いの方」
第二王子バレがささやくように言った。声は小さいが、昨日までのようにかすれてはいない。ポーリンの目から見ても、昨日までとは別人のように顔色も良かった。
「リフェティの地下は複雑に繋がっている・・・王族の者しか知らない、秘密の通路がある。潜入自体は容易です」
バレの声は確信に満ちていた。
となりで<四つ目>がうなずく。彼らが取り囲む机はゴブリン用のものなので、机面は<四つ目>の膝のあたりにあり、対比して彼は天井を突く巨人のように見えていた。
「俺たちは、秘密の通路の一つを通って脱出してきた。それを逆に辿ればいい」
ポーリンは両手を下へ向ける素振りをしながら、大きく息を吐き出した。
「分かりました。それで仮に首尾良く王都に潜入できたとして、あとは隠密行動?見張りの兵隊たちはどうするつもり?」
「リフェティの中の構造は熟知している。恐らく、特別牢の近くまではすぐに行けるだろう」
チーグが自信たっぷりに言う。
「・・・だが、より安全に行くためには、見張り兵たちの気をそらす役割の者もいた方がいい。その役割、人間のあんたたちと、ノタックに頼みたい」
チーグは厳かにいった。
「どのみち、リフェティの中では、あんたたちは目立ちすぎる」
「なるほど」
ポーリンは腕組みをして考え込んだ。
魔法使いの彼女と、魔獣使いの<四ツ目>がいれば、王国の外で守備兵たちの気を引くぐらいのことはできるだろう。リフェティへの潜入は、内部を知り尽くしたゴブリンたちに任せた方が良いことにも、一理ある。
ポーリンはうなずき、口を開いた。
「・・・もう少し詳しく、計画をたてていきましょう」
(つづき)
(はじめから読む)