#24. 死せるゴブリンたちとの宴
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#24. 死せるゴブリンたちとの宴
夢とも現実ともつかぬ淡いまどろみから、ポーリンは目を覚ました。
そこは、薄暗い塔の一室だった。黒曜石で作られた黒塗りの円形の部屋で、四方は開けており外の様子が見渡せた。
外に広がるのは荒涼とした大地に広がる枯れ木の森・・・
ポーリンははっきりと意識を取り戻した。
最後に覚えているのは、ノタックとともに骨のヒドラに立ち向かうときのこと。
「おやおや、お姫様がようやく目をさましたかい」
突然耳元でかすれた声がした。酒場の女主人のように、酒焼けした声のように思えた。
ぎょっとして振り返ると、そこには女ゴブリンがいた―――――が、一見してその姿は透けていた。
透けて見える女ゴブリンの身体の向こうから、チーグたちが駆け寄ってくるのが見えた。
「ポーリン、目を覚ましたか!」
チーグにノタック、ノトやデュラモも一緒だった。
「ここは・・・ボーン・ヒドラは?」
「ああ、私が引っ込めたよ」
女ゴブリンがあきれるような素振りで両手をあげた。
「貴重なおもちゃを壊されちゃ、かなわないからな」
「何?」
ポーリンは眉をひそめた。
「そもそも、あなたはどうして身体が透けているの?」
「そりゃ、死んでるからさ」
女ゴブリンは投げやりに言ってから、小さく首を傾けて指をならした。
「こいつらもね!」
女ゴブリンの指の合図に合わせて、円形の部屋には何十人ものゴブリンたちが姿を現した―――正確には、ゴブリンの亡霊たちが。
ゴブリンたちは、死者とは思えぬ陽気さで、大声でわめきあい、歌い、踊り、酒を酌み交わしていた。
突如具現化した騒音のなかで、ポーリンは薄々と、事態の全容が飲み込めてきた。
「・・・あなたは、大魔法使いヤザヴィ?」
その言葉を聞いて、女ゴブリンは目をまるくした。そして改めてポーリンをまじまじと見つめ、不快そうに顔を歪めた。
「ああ・・・これだから、人間ってやつは。ゴブリンのことなど何もしりはしない」
酒焼けしたようなガラガラ声は、大騒ぎするゴブリンの亡霊たちの騒音にも負けずよく通った。ポーリンは気負けせず、すぐに言葉を継いだ。
「じゃあ、弟子のダネガリスね、きっと」
「おお?」
ダネガリスと呼ばれた亡霊は、意外そうな表情を浮かべた。
「人間にしては、少しは知っているじゃない・・・」
「そりゃ、高名な魔法使いの弟子ですもの」
調子良く言うポーリンの言葉に、チーグは思わず苦笑を浮かべていた。チーグが口にするまで、弟子の名はおろか、ヤサウィすら知らなかったことは、あえてここで暴露することもない。
だがダネガリスは、まんざらでもなかったようで、少し頬を緩めた。
「でも、これくらいで調子に乗るなよ、人間」
言葉とは裏腹に、その声には嬉々とした響きがあった。
「それよりも」
と、ダネガリスはチーグの方を向く。
「まさかゴブリンの王家の者が、人間の魔法使いとやって来るとは想定外だ。ヤザヴィも予想しなかったろうね」
残念そうにため息をつく。
「しかも、“短く、険しい道”を強行突破してくるとは・・・この枯れ木の森にはたびびとを迷わせる楽しい仕掛けがいっぱいあったというのに、残念だねぇ」
しみじみとそうつぶやくと、ダネガリスはゴブリンの亡霊たちの喧騒をかき分けて、円形の部屋の中央へと行った。そこには、周囲より一段高くなった台のようなものがあった。
ダネガリスは、台の上に上がると、それまでの酒焼けした声とは打って変わり、滑らかな美声で歌うように繰り返した。
「ほんとうに、ざんねんだ」
そうして、周囲のゴブリンの亡霊たちを見回すと、にやりと笑ってからパチンと指を鳴らした。
「だが、とにもかくにもお前ら!」
再びだみ声に戻り、ダネガリスは周囲のゴブリンの亡霊たちに語り掛けた。
「この数百年で、枯れ野の塔にたどり着いたはじめての客だ!今宵はみんなで騒げ」
そう宣言すると、ゴブリンの亡霊たちは陽気な歓声を上げ、歌い、踊りはじめた。ある者はブーツを踏みしめてリズムを刻み、ある者は鍋の裏を叩き、ある者は安っぽい笛の音を奏で、ある者は古めかしい弦楽器を鳴らす。その音に乗って、ダネガリスは陽気に踊った。踊りの合間に混ざるダネガリスの歌声が旋律をあたえ、優雅さと粗雑さの奇妙な調和がとれた音楽が塔に鳴り響いた。
ポーリンはあっけにとられてその様子を見ていた。
ゴブリンたちにこんな陽気な一面があろうとは、思いもしなかった。彼らはまぎれもなく死者たちであったが、死せる者特有の恐ろしく邪悪な雰囲気は全くなかった。
「ダネガリスの音楽隊だ」
チーグがポーリンに耳打ちをした。
「ダネガリスはヤザヴィに会うまえ、踊り子だった。その歌と踊りには、魔法の力が宿っていたという。ヤザヴィはそれを見出し、ダネガリスを弟子にした、あるいは恋人だったかもしれない・・・というのを、いま思い出した」
「魔法の力ですって?」
ポーリンは思わず大きな声で問い返した。
ダネガリスが歌うのをやめ、ちらりと彼女たちの方を見た。
「なにをこそこそ話しているんだい?」
そう言って、周囲のゴブリンの亡霊から透けて見える酒の入った木の器を受け取る。そして、それをごくごくと飲んだ。
「難しいことは忘れて、今日は楽しめ、未来の王家のものたちよ・・・この酒はおまえたちには飲めないだろうがな!」
そういうと、いたずらっぽく木の器を彼らめがけて投げつけた。明滅する幻覚の木の器は彼らに当たることなくすり抜けていった。
(つづき)
(はじめから読む)