
【写真部】奥川恭伸が背負っていく未来 背負ってきた日々【2024年度ベスト写真】
2024年6月14日金曜日。京セラドーム大阪。
奥川恭伸の復帰登板となるこの場所に燕征(遠征)したのは、偶然だった。
オリックス・バファローズの女性ファン向けイベント「Bsオリ姫デー2024」には毎年足を運ぶ。金曜日に有給休暇を取り、週末の3日間を楽しむ。
大阪在住のちなヤクと会う貴重な機会でもある。京セラドームレストランからの野球観戦も恒例行事となった。
今年はそれに「奥川恭伸復帰登板」というスペシャルイベントが追加されたのだ。
だが、私はワクワクより緊張が上回った。肘は、もう大丈夫なのだろうか。
奥川恭伸は、優勝と日本一を経験している。
2年目の2021年、チーム最多タイの9勝を挙げた。クライマックスシリーズでは最年少完封、日本シリーズでも好投を見せた。チームを牽引していたのは、たしかに奥川だった。
しかし、翌2022年シーズンに、奥川の姿はなかった。
2022年3月29日の讀賣戦で肘痛を発症、以降奥川は表舞台から姿を消す。
◇◆◇
奥川恭伸は、スーパー高校生だった。
星稜高校というエリート校のエースとして、夏の甲子園準優勝投手、侍ジャパンU-18代表という実績がある高校生を、しかもドラフト1位で引き当てたのは、翌年から指揮をとる高津臣吾!
監督初仕事が、あの奥川くん獲得という一大プロジェクトだった。成功させるところはさすがとしか言いようがない。GJ。
そして、奥川に与えられた背番号は「11」。
スーパースターの高卒ルーキーに与えられる背番号だった。
ヤクルトのドラフト1位のくじ運は、悪いどころか「無い」ようなものだ。たまに当てたと思えばフェイクだったというオチ。※「真中満 ドラフト」で検索
この、競合の末のドラ1獲得成功は、それから12年前、一昔前にさかのぼる。
奇しくもそれは、背番号「11」の前任者である由規、中田翔(中日)、唐川侑己(千葉ロッテ)と並ぶ高校BIG3のひとりだった、仙台育英高校の佐藤由規くんだった。
引き継ぐのは当然の、背番号だった。
しかし、この背番号を奥川は返上する。
リハビリ中の2022年オフ、リーグ連覇の輪に加われなかった奥川は、「心機一転」と背番号の変更を申し出たのだ。*1
背番号は、ヤクルトの高卒エリートピッチャーに与えられるステイタスナンバー「11」から、球界のエースナンバー「18」に変更された。
この背番号「11」には、因縁がある。
由規も奥川同様、肩の故障で長期離脱していた過去がある。しかも、一軍復帰まで1771日を要した。その間、育成契約も経験している。
高卒ルーキーのつける「11」は、期待と不安の両方が存在する番号でもあったのだ。
そして、それが奥川の身にも降りかかった。
奥川が背番号を変えるという行動に出たのは、意外だった。若い奥川が球団と交渉してまで変えたかった現状のひとつに、あの背番号「11」があるとは。
背番号に報われなかった奥川の「今」が、辛かった。
◇◆◇
京セラドームの三塁側内野席に着くと、隣の席の男性が気さくに話しかけてくださった。互い手にしているバズーカカメラの機種談義をしているところで、「あ、出て来ましたよ」。
奥川恭伸がアップに出てきた。
レフトフェンス付近で、柔軟体操を続ける。緊張しているようにも思えるが、それは見ている私の緊張なのかもしれない。
しかし奥川は、素晴らしいピッチングを見せる。5回1失点、被安打7、奪三振3、四死球0。79球の一軍復帰戦は、960日ぶりの勝利で飾ることができた。
2022年にショートのレギュラーに定着した長岡秀樹、この日セカンドスタメンで起用された武岡龍世の同期同級生が二遊間を守るという、胸が熱くなる演出も加わり、自然と緊張も解けていた。
ヒーローインタビューは、もちろん奥川。
当初にこやかに応答していた奥川は、「この2年という期間の中で」と話した瞬間、声を詰まらせた。*2
そこからは、涙をこらえながらのインタビューとなった。
現地のヤクルトファンは拍手を送り、同じように涙した。
奥川は、トミー・ジョン手術を回避し、保存療法でリハビリ期間を乗り切ってきた。
苦しい日々は、背負ってきた背番号を変えるほど、奥川に重くのしかかった。
それでも、未来は見えなかった。奥川を勝たせるために」戦ったチームメイトと勝利を分かち合う今この瞬間を迎えられたことが、私には奇跡のようにも思えた。
入団5年目、23歳の若者が経験するには、あまりに大きな挫折だった。しかし、これからは背負っていくものが変わるだけの未来が待っている。
ヒーローインタビューのあと、レフトスタンドの応燕団のもとへ向かう奥川は、涙が止まらない。

未来は、誰にも見えない。それでも人は、その見えない未来に希望を見い出し生きていく。
奥川恭伸が背負う新たな未来、「18」は、どんな景色が待ち受けているのか。
私はその、野球の風景を楽しむことにする。
すべては、奥川恭伸に委ねた。
*1
*2
今年も「野球」お読みいただきありがとうございました。よいお年をお迎えください。
田村あゆみ
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