『許し』てほしい/『許し』ます/『許し』合おう
avenir'e 5th createで扱う戯曲のタイトルは『許し』です。
各所で伝えていますが、日本在住のイタリア人劇作家ダニエーレ・レオーニの描く新作海外戯曲になります。
上演時間は70分前後ですが、まず10数年ぶりに朽ち果てた姿の父と再会するところから物語はスタートします。が、しかし、その後、全くもって予想もしない方向へ行ったり来たりする内容で、それに伴って感情も多方面に変な飛び方もするので『ジェットコースター喜劇』と謳っております。
例えば先日私生活で起きたことをお話します。
コンビニでおにぎりやらサンドウィッチを買った際にお会計が587円に対して、私の出したお金は126円でした。金額はもちろん、数字も一つもあっていないし、出すべき小銭の枚数も違う。ルールが存在していないその様に店員さんは戸惑い、トレーに置いた私も意味がわからなくて戸惑ってしばらく固まっていました。
こういうと不条理な物語かもしれないと思うかもしれませんが、ここまで意味不明なことはなく、むしろ出来事はもっとわかりやすいのですが、予想とは全く違うところから飛んでくる事故みたいなものが多発していきます。高速道路なのに前から車が突っ込んでくるみたいな。時には天空から車が降ってくるみたいな。それで、ふと隣を見たら馬とか豚も走ってるみたいな。えっ??なになに??みたいな。
そのようなことの連続です。
私はドラマトゥルクとして稽古場にいますが、冷静に稽古を捉えながらも、この作品の立ち上がっていく姿をみながらこんなことを思っておりました。
「この戯曲をよくここまで立体化させたなぁ」
と。ほぼ関心するに近い感覚でした。
日本人特有の『保留・検討』などという物理的時間が極端に少なく『お察し文化』でもないために洒落た比喩表現はあるものの、相手を思いやった遠回しな表現が極端に少ないです。
検討する時間を使っては絶対に出てこない反射的な言葉もあるために俳優たちは細胞をフル活用して集中しないとすぐに行き詰まり、立ち止まる羽目になるという恐ろしい戯曲でした。そして次に出てくる言葉への階段は3段飛ばしみたいな。
しかし、それは単純に作家が面白い出来事だけを優先して並べた言葉の羅列ではなく、人間の生理に沿った言葉(かなり棘があったり、急に透明になっていたり、細かったり、物凄く太かったり様々で日本人の感覚からしたら決して優しいとは言えない)が確かに紡がれています。
『劇』の都合に合わせて生理を合わせない作りを進めるavenir'eにとってはこのイタリア人の生活習慣や宗教の信仰心、家族との価値観、コミュニケーション方法などが身体に入っていないと出てこない言葉がたくさんあり、俳優は本当に大変な思いをしているのだろうと思っていました。
現在『何か』が起きていることはわかるが『なぜ』起きているかは明確に伝わらなくても良いということを共有しています。これは全く伝わらなくて良いと思っているのではなく、何%くらいというバランスの問題でもある。
しかし『何か』が起こったことが俳優の中で起きたとしても、観ている方には分からなければ、確実に観ている方を置いていき、蔑ろにしかねないので『何か』が起きたことに関しては明確に感じ取らせるように、そしてそれも人物として人間の生理に合った流れで感じ取る必要があり、それは現状立ち上がっていると感じます。
ここから『喜劇的』になる箇所が起き続けるような欲求を入れ続け、試し続けといった稽古を現在しております。
こんなに固めないと不安になりそうな戯曲をその場の判断で自由に生きるという選択をするのは勇気がいますが、都度良い戦いが出来ているのではと感じつつ、より細かい人間の生理を埋め、楽しい方向へとディレクター、作家含めつつ進んでいます。
私の兄はイタリアに10年以上住み、今もイタリア語を普通に使いながら仕事をしているのですが、彼に戯曲を読んでもらった時は『イタリア人っぽいなぁ』と言っていましたし、また日本在住のヨーロッパ圏出身の方に冒頭読んでもらっただけでもケラケラ笑っていたというエピソードも耳にしました。
なので、日本人には馴染みのない会話の組み合わせやラリーも向こうの方からしたら普通にあり得るという証明を得て、じゃあこれを日本人のお客さんに見て楽しんでもらうためには何をしないといけないのかということもたくさん話されていきました。
実はまだまだというか永遠に未知数な要素を含んだ、本当に毎回何が起きるか分からぬビックリハウスみたいな作品ではありますが、確実にここは通らないと物語が起きないというところは通せてきているので、ここから本番に向けてもう一段、もう一段と観て頂く方に喜んでもらえるような積み重ねをしていきたいと思っております。
とはいえ、ここまで書いていてなんですが、戯曲の内容や進行方向はシンプルです。
物凄くシンプルです。
10年ぶりに再会した家族がまた一緒に歩もうと試みるが、一緒に歩み出すためにはまず驚くような障害物が置かれたルートを共に駆け抜けゴールしないといけないという物語です。
それをゴールするために必要なキーワードがタイトルの『許す』という言葉です。
あまりの障害物に、一瞬、ん??何が起きた??何が起きたんだ??ということも起きるかもしれませんが、それは同時に目の前の登場人物にも起きており、それを共有しつつも、どうか気を張らず、難解なものを見るような気持ちでなく、楽に観劇いただけたら幸いです。
(文責:池内風)