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「ダンサー、セルゲー・ポルーニン 世界一優雅な野獣」

原題: Dancer
監督:スティーブン・カンター
制作国:イギリス・アメリカ
製作年・上映時間:2016年 85min
キャスト:セルゲー・ポルーニン

 クラシックバレエ界での彼、つまりロイヤル・バレエ団プリンシパル最年少年齢を塗り替えた彼への興味で来た人。写真集はじめそのビジュアルに惹かれて来た人。圧倒的数々の賛美を得ながらも同時に「反逆者」「破壊者」「空を舞う堕天使」と呼ばれた彼に惹かれた人。或いはバレエには興味ないが『Take Me to Church』MVに興味を持った人。一日一回の上映という背景もあってか館内は夕方上映だったがほぼ満席だった。加えていつもの映画内容で集まる大凡似た人らが集う館内風景とは別だった。

 ミケランジェロの彫像にまるで息を吹き込んだかのような完全な肢体と超絶した技巧。天性の物を基盤にしながらも更にそこへ人以上の努力が課され誰人も追い越せないところまで上り詰めていく。

 既に13才当時の彼には少なくとも年齢を超えた踊りが存在していた。このことは当時の彼には掴めなかっただろうが同時に悲劇でもあったろう。飛び級で更に上へ上へとバレエ学校を進む中、同時進行で内面である精神の成長も飛び級する訳ではない。

 バレエ学校学費を難なく出せる家庭ではなかった為に、家族は学費捻出の為に祖母を巻き込み散り散りに海外労働者となる。ポリーニンは一日でも早く家族を元の一つに繋げようと懸命の努力をしていた。これは彼の踊ることの目的でもあり希望、そして原動力だった。

 だが、その最愛の両親の離婚は彼の一つの目標を壊すと同時に彼に踊る目的が何かを問い始めることになる。幼い頃から踊ることのみの世界、生活。同年代のような遊びも生活に伴う諸々感情を経験しないまま、大人の手前19才でプリンシパルまで来てしまう。十分に子から少年、青年、大人と感情を育てずその踊りの跳躍の高さそのままに大人まで一気に来た彼がやっと人の感情を持ち始めて不思議ではない。同時に苦悩が始まる。
 人は往々にして自分の思考に収まらないことへは近づく努力よりも封印や非難の態度を取る。彼の苦悩が依存症ほか行動にも出てくると「反逆」等の烙印を押して片付けられていく。

 バレエ界退団で彼は救われるかと考えて潔い決断をするが、それは自身が考えるほどには正解ではなかった。上の写真は恩師バレエ学校を退団後訪れたシーン。この時、彼はこの普段着で狭いstageで舞った。その一瞬、そこ空気が全く変わった。人は息をすることさえ忘れ見入った。それほどまでに彼の踊りは人を魅了するのだ。バレエを捨てた世界で生きられる筈がない。

 バレエ団の中で仮令プリンシパルになろうと「個」としては見られず、扱われず団員のコマである経験をしたからこそ、今彼は自由な表現者としての空間を得たのだろう。このマウイでの『Take Me to Church』撮影では彼は涙していたそうだ。この舞でバレエを閉じる筈が、このvideoによって彼は再び世界へ文字通り飛翔することになった。*振付けジェード・ヘイル・クリストフィ(アイルランド出身のHozierのこの曲はロシアの反同性愛を題材にした楽曲。LGBTQ迫害の苦悩を十分過ぎるほど演じている。)
★★★★


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