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グロテスクなアタシ ―from『ウマ娘 プリティーダービー』―

「これで私の役割は終わった。さようなら」
「貴様、なぜ余から逃げるのか?」
「私は『反逆者』だよ。嫌なら、さっさと粛清して」
「愚か者め。余が貴様を殺す理由はない」
「そうね、今までありがとう。これからはお互いに黒歴史ね。さようなら」
「おい…!」
「離してよ」
「貴様は余の女だ。他の誰にも渡さぬ」
「私は私自身のものよ。他の誰のものでもないね」
「ふざけるな」
「もうすでに、理事長に辞表を提出しているし、引っ越しの作業も済ませてあるから、二度とあなたとは会わずに済む。さようなら」
 私は彼女のもとを去った。尊敬していた秋川理事長に辞表をトレーナーバッジと共に提出し、トレセン学園を去った。
 私の「ヒロイン」、あの某大企業の女性会社員みたいに、私は「グロテスク」になってやるんだ。

 私は新宿歌舞伎町のネオンの下で、客を待つ。私は、自由だ。

 かつてトレセン学園で私を辱めた男からは、当時の分も含めてカネを受け取った。今の私はプロの「女」なのだから。かつての私の教え子たちになど、こんなところで会うような事態はまずはないだろう。トレーナー時代の私はほとんど素顔すっぴんだったが、今の私は夜の女らしく厚化粧をしている。
 優等生なんて、クソくらえ。私はとことん堕ちてやる。
 今夜は8万円。今の私は、トレセン学園時代よりも高給取りだ。もちろん、今の私の仕事はカネだけが目的ではない。クスリにも、ホストクラブにも、私は興味ない。
 あの女の、さらにあの女の姉貴の身体に笹針を打ち込む代わりに、私は自分自身の身と心に笹針を打ち込む。
 毒親育ちの私に対して「親ガチャ大当たり」自慢をしたあの姉妹に対する復讐。そう、私はあの女たちを心底から憎んでいる。
 私はタバコに火をつける。トレーナー時代にはなかった喫煙習慣。これも当然、自傷行為だ。
《理解できません。ウマ娘に人間が勝てるわけがない》
 清廉潔白なあのドイツ人のウマ娘だって、私たち普通の女ヒトミミを見下していたんだ。ましてや、あの胸糞悪い姉妹は私を内心「コバエ」扱いしていたのだ。特にあのチビ女は、成人済みの私に対して「貴方は実に純粋で、誠実なお方だ。ふ…おかわいらしいですね」などとマウンティングをかましやがった。
 ウマ娘たちはこんなところで自らの身を切り売りなんてしない。私のようなヒトミミたちだけが、通りすがりの男たちに身を任せるのだ。

「王命である。来い」
「あいにく、アタシは女の客は取らないんだ。帰んな」
 あの女がいた。私は素知らぬ顔で、この女を知らぬふりをする。
「明智紫苑、すっかり変わったな」
「アタシの名前は片桐モコだよ。あんたなんて知らないね。アタシは男の客しか相手にしないんだ。代わりに二丁目に行きな」
 美しい栗毛のウマ娘が悲しげに私の眼を覗き込む。私は殺意を込めて睨みつける。
「余は…私は貴様を…お前を探していた。それなのに、お前は…!」
「人違いだよ。それに、ここはあんたみたいなウマ娘様が来るようなところじゃないんだ。失せな!」
「お前はトレセン学園所属のトレーナーの明智紫苑で、私はお前のパートナーだ。私は姉上と共にお前を探していた。いかがわしいサイトにあった『片桐モコ』という名前の女の写真を見て、私はお前だと分かったんだ」
 畜生。整形手術はまだまだ不十分だったか。
「姉上は、お前が住んでいるアパートで待っている。帰ろう」
 彼女は強引に私の手を引っ張り、タクシーを呼ぶ。しかし、私はその隙をついて、タクシーに向かって突進した。

 さようなら、金色の暴君さん。

【椎名林檎 - 歌舞伎町の女王】

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