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『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』_スパイダーマンというスタンダード

 スパイダーマンってな、200人おんねん(もっといる)

救ってみせる。愛する人も、世界も一 ピーター・パーカー亡きあと、スパイダーマン を継承した高校生マイルス。共に戦ったグウェ ンと再会した彼は、様々なバースから選び抜か れたスパイダーマンたちが集う、マルチバース
の中心へと辿り着く。 そこでマイルスが目にした未来。それは、愛す る人と世界を同時には救えないという、かって のスパイダーマンたちが受け入れてきたく哀し き定め>だった。それでも両方を守り抜くと固 く誓ったマイルスだが、その大きな決断が、や がてマルチバース全体を揺るがす最大の危機を
引き起こす... <運命>を変えようとするマイルスの前に立ちはだかる、無数のスパイダーマンたち。 史上かつてない、スパイダーマン同士の戦いが始まる!

公式HPより
https://www.spider-verse.jp/#intro

はじめに

 『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(2023)は、前作『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018)の続編であり、スパイダーマンというキャラクターの定義をさらに拡張する作品である。前作は「スパイダーマンとは何か?」という問いを、多次元のスパイダーマン(スパイダーパーソン)たちの登場を通じて探求した。そして今作は、そのスケールを圧倒的に広げ、無数のスパイダーマンを登場させることで、「スパイダーマンの物語とは何か?」という問いを深める。

 また、本作は『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』へと続く前後編の前編にあたる。そのため、物語の解決は次作へと持ち越され、観客に大きな期待と余韻を残す構成となっている。単体の映画としても驚異的な完成度を誇る本作は、スパイダーマンというキャラクターの根源的なテーマを問い直しつつ、グウェン・ステイシーというキャラクターの成長を通じて新たな視点を提示するものとなった。本稿では、本作のテーマや構造、映像表現の特徴を中心に論じていく。

1_スパイダーマンのスタンダードとは何か

 本作は前作以上に「スパイダーマンの定型」に意識的に向き合う作品である。スパイダーマンというキャラクターは、コミック、アニメ、映画など様々なメディアで描かれ続けてきたが、その中で「ベンおじさんの死」という出来事が物語の核となることが多かった。しかし、近年のMCU版『スパイダーマン』ではその要素を踏襲せず、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)ではメイおばさんが「大いなる力には、大いなる責任が伴う」というセリフを担う形になった。

 本作もまた、「スパイダーマンであることの宿命」をテーマに据え、それに抗おうとするマイルス・モラレスの姿を描く。彼は「スパイダーマンの正史(カノン)」を守るべきだとする2099年のスパイダーマン(ミゲル・オハラ)に対し、自分の運命は自分で決めるべきだと主張する。これは、単なるヒーロー映画の対立構造ではなく、「ヒーローは必然的に苦しみを背負うべきなのか?」というメタ的な問いを含んでいる。

2_映画の構造とグウェン・ステイシーの成長

 本作はグウェン・ステイシーの視点から始まり、彼女の成長を描くことで物語を進める。特に、グウェンの世界(アース65)では、背景の色彩が彼女の心理状態に応じて変化する。パステル調のビジュアルは、彼女の心情と同期するように移り変わり、コミックの表紙を思わせる鮮やかさを持つ。

 物語の終盤、グウェンは仲間を集め、マイルスを救う決意を固める。これは、単に「マイルスを助ける」という行為にとどまらず、彼女自身が「スパイダーマンとしてどう生きるか」を決める瞬間でもある。前作ではマイルスが「スパイダーマンとしての第一歩」を踏み出したが、今作ではグウェンが「スパイダーマンとしての独立」を果たす。その意味で、本作は「マイルスの物語」であると同時に「グウェンの物語」でもあるのだ。

3_映像表現とスポットというヴィラン

 本作の映像表現は、前作をさらに発展させ、各次元ごとに異なるアートスタイルを展開する。グッゲンハイム美術館での戦闘シーンでは、ジェフ・クーンズのバルーンドッグが破壊されるなど、アート史を意識した演出が見られる。ニューヨークの街を逆さまに見下ろしながらマイルスとグウェンが語り合うシーンも印象的であり、映像表現を通じてキャラクターの関係性を強調する巧みな手法が取られている。

 こうした映像表現に関連し、高橋ヨシキ氏は本作について「アニメーションという表現技法の持つあらゆる可能性を試し、なおかつ娯楽映画として成立させている」と評している。この評価は本作の本質を的確に捉えている。単なるスタイルの実験ではなく、それが映画の内容と直結している点が、本作を特別なものにしているのだ。

 加えて、ヴィランであるスポットの描かれ方も興味深い。彼は当初、コミカルなキャラクターとして登場するが、物語が進むにつれて異質な恐怖を醸し出す存在へと変貌していく。彼の能力である「ポータル」は、ギャグ的な演出にも使われるが、その本質は「境界を破壊する力」であり、次元を超えて拡大していく。その意味で、スポットは単なる敵役ではなく、映画全体のテーマとも結びついた存在だと言える。

 本作において、スポットは「スパイダーマンの宿命」に対するカウンター的な役割も担っている。彼は「スパイダーマンによって生まれたヴィラン」でありながら、自らの運命を受け入れず、さらに大きな存在へと進化しようとする。その点では、マイルスと似た立場にあるとも言える。スパイダーマンが「宿命を拒絶する者」だとすれば、スポットは「宿命を受け入れ、それを拡張しようとする者」として対置されるのだ。

さいごに

 本作『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、単なる続編ではなく、「スパイダーマンとは何か?」という問いをさらに深める作品である。グウェン・ステイシーの成長、マイルス・モラレスの葛藤、そしてスポットというヴィランの存在。これらが絡み合うことで、単なるヒーロー映画ではなく、スパイダーマンというキャラクターの本質を問い直す作品となっている。

 次作『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』がどのような結末を迎えるのか。それは、「スパイダーマンの宿命」をどう描くかという問いの最終的な答えになるだろう。今作が提示したテーマが、次作でどのように回収されるのかを楽しみに待ちたい。

おわり

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