デリーガールズと北アイルランド和平合意
「サンクチュアリ」という相撲ドラマが話題となっていたのでそれをどうしても観たくてNETFLIXを契約した。もちろん大変面白かったし、静岡の僕らのヒーローであるピエール瀧の俳優復帰も大変嬉しかった。
しかし、そのおまけとして、気になっていたアイルランドのドラマ「デリーガールズ」を観る事ができた。これがあまりに素晴らしかったので紹介したい。
90年代の北アイルランド、ロンドンデリーと呼ばれる地方都市デリーに住む10代の女の子たちが主人公のコメディドラマである。2018年制作で、アイルランドのアカデミー賞といわれるIFTA賞のテレビ部門で、最優秀コメディ賞を獲得したそちらでは有名なドラマという。イギリスの放送局チャンネル4制作で、原作・脚本は1980年生まれのリサ・マッギー。彼女は北アイルランドのデリー生まれで両親はカトリック、まさにこのドラマが自伝的なものであったことがわかる。
ドラマはカトリックの女子校に通うエリンと従兄弟のオーラ、そして同級生のクレア、ミシェル、ジェームス(女子校なのに一人だけ男)の5人組が主人公。そこにエリンの家族や学校の先生などを巻き込んでのドタバタ青春コメディなのだが、原作、台本が良いのだろうが、ドラマ自体の作りも最高で、特にキャスティングと俳優たちの演技が素晴らしい。僕のお気に入りは毒舌のシスターマイケルと、話始めると止まらないコームおじさん。エリンのお母さんもすごくいい味を出している。お父さんはデキシーズのケビン・ローランドにちょっと似ている。女学校の嫌な優等生役ジェニーもいい。どの役柄もキャラクターが立っている。
ちなみに、主人公のエリンの親友で、少しレズっ気のあるポッチャリしたクレア役の女の子は、僕のアイルランドの友人の住むゴールウェイの郊外オランモアの出身なんだそうだ。もちろんその友人もこのドラマがお気に入りだったそうだ。
例えば初回のエピソード。5人組は学校の試験が嫌で、なんとかサボろうと画策していたところ、道端で会った犬を追いかけて教会に入る。犬は2階に逃げるのだが、5人はマリア様の像に、どうか試験をやり過ごせますように、と願をかける。すると、マリア様の目から涙が溢れるのだが、それは実は2階の犬のお漏らしであった。結局試験をサボってシスターに呼び出された5人組は、教会で奇跡を見た、と言い逃れをするのだが、これが「デリーの奇跡」として大ニュースになってしまう。
などという感じで、とにかく少々デリケートな「宗教ネタ」「政治ネタ」「LGBTネタ」のオンパレードである。それを全て笑いに変えて、シリアスで険悪なムードを変えてしまう。加えて言えば、1990年代の後半というのは北アイルランド紛争が、それまでの混沌としたテロリズムの時代から和平合意に向けて動き出した時代で、ドラマでもそのあたりの空気感がしっかり描かれている。クリントンがデリーを訪問して和平に向けた演説をするという実際にあったエピソードも実際の映像を使って取り上げられたりしている。そしてドラマの最終話では、18歳になり、選挙権を持った主人公たちが、北アイルランド和平合意の賛否を問う国民投票に行く、というシーンがクライマックスになっている。最後だけ見たらこれは政治ドラマなんじゃないか、と誤解してしまいそうだ。
この和平合意はベルファスト合意とか、聖金曜日協定とか言われているそうで、よく知らなかったが、イギリスのブレアが就任1年目で北アイルランドまで乗り込んでカトリック、プロテスタントの双方を円卓会議に引っ張り出して進めたんだそうだ。イケメンでオバサマの人気者ぐらいに思っていたが、少し見直した。その和平案の内容は以下の通り。
「多数の住民が支持する限り、北アイルランドはイギリス領にとどまる」
「イギリスは新たに北アイルランド地方議会を開設し、自治権を確立する」
「新しい議会は国境をまたぐ形でアイルランド政府と評議会をつくり、アイルランド島全体に関する事項を協議する」
「この和平案への承認を求めるため、北アイルランドでの住民投票とアイルランドでの国民投票を1998年5月に実施する」
そして選挙の結果は北アイルランドの住民投票では71%の賛成票が獲得され、合意が承認されたそうだ。現在のアイルランド島の平和は、ここから始まっているのだろう。
そういえば2022年5月の北アイルランド議会選挙でシン・フェイン党が第一党となるというニュースがあった。イギリスからの分離を目指している党である。しかしそこまで急進的なわけでは無さそうだし、住民たちの多くは住民投票の実施には賛成しないだろうといわれている。
たった今、ロシアが内戦状態になっているとか、いや傭兵部隊は撤退したようだ、などというニュースが流れている。世界は刻々と動いているが、とにかくも戦争なんか無くて、人間同士が傷つけ合うことのない世界を、デリーガールズたちも望んでいるに違いないと思うし、このドラマからはそういうメッセージが発せられていたと思う。
ああ、早くNETFLIX解約手続きしなければ。
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