試作_0909



 夏の夕暮れ。白峰天狐神社の境内に、薄暗い空を映し出すように色づいた木々がそよいでいる。僕は、いつものように神社の参道を歩きながら、ちらりと隣を見た。
 
 「今日も手袋をつけているんだ。」
 「ああ。」
 
 ふと、僕は興味本位で彼の手袋の指先に触れてみた。柔らかく、それでいてしっかりとした質感を感じながら、僕の指が彼の手に軽く触れると、シルヴァンはピクリと体を震わせた。
 
 「…………。何をしている?」
 
 彼の声はいつも通り落ち着いているが、その瞬間の僅かな緊張が、指先から伝わってくる。それでも、彼は僕の手を振り払うことはしなかった。
 
 僕は少し笑って、彼の反応を確かめるように言葉を返す。
 
 「悪戯。」
 
 シルヴァンは一瞬、僕の言葉に困惑したような表情を見せたが、やがてその顔を柔らかくして小さく息をついた。
 
 「…………。君にそんなことをされるとは思わなかったな。」
 「嫌だった?」
 
 優しく握った彼の指先の感触を確かめながら、僕は尋ねる。すると、シルヴァンはかすかに微笑んだ。
 
 「いや、君になら別に構わないさ。」
 
 その言葉に僕は少し驚いた。シルヴァンは他人と距離を取る性格と聞いている。しかし、その彼に僕が触れても拒まれなかった。
 
 「君は重度の潔癖だと思ってたけど、ちょっと違うんだね」
 
 シルヴァンはその言葉に反応して、少し眉を上げたが、すぐに静かな表情に戻った。そして、一瞬の間を置いてから、肩をすくめるように軽くため息をついた。
 
 「俺は潔癖症だ。それは間違いない。ただ、君に対しては特に神経質になる必要を感じないんだ」
 
 その言葉に、再び僕は驚いた。知らない間に彼へ善行でもしていただろうか。
 
 シルヴァンは目線を遠くに移しながら、少し考えるように静かに答えた。
 
 「君は…………。不快じゃないからだろうな。俺のルールを破らないし、嫌な感じがしない」
 
 彼の声は落ち着いているが、どこか本音が滲んでいる気がした。それを聞いて、僕は少し照れくさく感じつつも、安心感を覚えた。
 
 「そっか。じゃあ、これからも遠慮なく触れさせてもらおうかな?」
 
 冗談っぽく言ってみたが、シルヴァンはすぐに答えず、ただ小さく笑った。
 
 「触れるのはいいが、頻繁にはやめてくれ。俺もそんなに寛大じゃない。」
 
 シルヴァンは再び前を向き、歩き始めた。僕も、その隣を同じ速度で進む。そして、聞こえた彼の言葉を反芻する。――――。少しだけ心が温かくなるのを感じた。
 
 「ねぇ、シルヴァン。君にとって『創作』って、どういうものだと思う?」
 
 ふと思いついた疑問をそのまま口にすると、彼は歩みを止め、今度は真剣な目で僕を見つめた。
 
 「創作、か。俺にとっての創作は、秩序と美を形にすることだ。何もないところから何かを生み出す。それは、ただの混沌ではなく、計算された秩序の中に生まれる美を求める行為だよ。」
 
 彼の声は低く、静かで、それでいて確固たる自信を感じさせる。インテリアデザイナーとしての彼の考え方が、そのまま表れているんだろう。
 
 「秩序と美…………。」
 
 僕は繰り返し、頭の中でその言葉を転がす。僕自身は、もっと感覚的に絵を描くことが多い。秩序や美といった考えはあまり意識していない。ただ、心に浮かんだものを形にする。それが僕にとっての創作だ。
 
 「君はどうだ、朦依?」
 
 シルヴァンが僕を見つめて問いかけた。
 
 「んー。」
 
 僕は小さく唸りながら、少し考え込んだ。
 
 僕にとっての創作ってなんだろう?僕はただ、頭に浮かんだものをそのまま描いているだけだ。それが他の人から見て、秩序や美しさがあるかどうかなんて、あまり考えたことがない。
 
 「僕はただ、描きたいから描いているだけだよ。あまり深く考えたことがない。」
 
 ただ、描き終えたときに、なんとなく満足できれば、それでいい。そう言葉を続けると、シルヴァンは少し驚いたような目を向けるが、すぐにその表情は柔らかく、微かな笑みに変わった。
 
 「それも悪くない。創作に正解なんてないからな。だが、その感覚的なアプローチ、俺には少し羨ましいかもしれない。」
 
 そう言って、彼は再び歩き出した。僕もその後を追いながら、ふと彼の言葉の裏にある感情に気づく。もしかしたら、彼も時折、感情の赴くままに何かを創り上げたいと思う瞬間があるのかもしれない。でも、それを口にすることは、彼にとっては許されない贅沢なのかもしれない、と。
 
 蝉の鳴き声が薄れ、遠くで夕立の気配が感じられる中、僕たちは静かに神社の祭壇へと歩みを進めた。
 
 夏の空気に包まれながら、それぞれの『創作』について無言のまま思索し続け、やがて目の前に迫る祭壇が、夕暮れの薄明かりの中にその姿を現していた。

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