試作_1021
最近、やたらと野球が話題になっている。
テレビをつければ野球、ネットのニュースでも野球。僕自身、特に野球に興味があるわけじゃないけど、なんだか気になる。
でも、野球について何か書いてみようと思ったのは、自分にとって良い成長の機会になるんじゃないかと感じたからだ。
僕が普段、書くのは、自分が好きなもの、興味のあるものばかりだ。それだけだと、なんだか味気ないし、幅が狭い気がする。
やっぱり、新しいことに挑戦し続けなきゃいけない。少なくとも、作家としても、イラストレーターとしても。
そこで、手始めに僕はソフトクリームを買いに行くことにした。
それは何故か。勇太の店で買うソフトクリームは最高だし、彼は確か、野球が好きなはずだからだ。
もしかしたら、野球に興味を持つためのヒントを彼から得られるかもしれない。
もちろん、彼の話す野球の知識が、僕にどれだけ刺さるかはわからない。でも、とにかく始めなければ何も始まらない。
パティスリー≪ボヌール≫の店先に着くと、甘い香りが鼻をくすぐった。
勇太はいつものように店の奥で作業しているらしい。僕はカウンターに立って、ソフトクリームを頼んだ。彼が顔を出すまでの間、店内の静けさを楽しみながら、野球のことを考えてみた。
「朦依君、待たせたな。」
いつものソフトクリームだろ、と、勇太がにこやかに顔を出しながら、僕にソフトクリームを差し出した。
「うん、ありがとう。」
ところで、最近、野球の話をよく聞くけど、勇太はどう思ってる?
彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑った。
「どうした、急に興味が出たのか?」
「まぁ、少し書こうと思って。」
「なるほどな、そりゃいい挑戦だ。」
俺は野球が大好きだから、教えられることがあればいくらでも話すぞ。
そう言うと、勇太は少し懐かしそうな目をして野球のことを語り始めた。
その姿を見ながら、僕は思った。もしかすると、こういう風に誰かの好きなことに触れてみるのも、悪くないかもしれない。
◇
「今度、一緒に食事でもどう?」
僕は、何気なく勇太を誘った。特に深い意味はない。
高級レストランなんて気取ったところじゃなく、ファストフード店でいい。簡単に、気楽に食事をするくらいがちょうどいいと僕は思っている。
勇太なら気兼ねなく話せるし、それに、彼の反応を見てみたいという気持ちも少しあった。
勇太は僕の言葉を聞くと、一瞬考えるような顔をして、それからニヤリと笑った。
「それって、デートの誘いか?」
…………、デート?
いや、僕はそんなつもりで誘ったわけじゃない。逢引なんて大げさだ。だけど、言われてみれば、確かに似たようなものかもしれない。
「んー…………、そうだね。」
僕は、特に表情を変えずに答える。すると、勇太が突然、顔を赤くした。
「な、なんだよそれ…………。」
僕は驚いて彼をじっと見つめた。どうして誘った僕じゃなくて、君が照れているんだ?照れるような会話でもないだろうに。
けれど、勇太の頬は真っ赤で、言葉に詰まっている。
「なんでそんなに照れてるんだよ。」
勇太は少しもじもじしながら、視線をそらして答えた。
「いや、その…………、普通、そんな表情で肯定されたら…………。」
「そう?」
僕にはよくわからないけれど、どうやら彼にとっては大事なことらしい。これも、僕が疎い部分なのかもしれない。
◇
――――、朦依の言葉が、何度も頭の中で反響する。
「またね。」
いつもなら、ここで終わりだ。
日常のワンシーンとして消化され、特に何も残らない時間だった。
それなのに、今日は違う。俺の心はざわついていた。
スマホを取り出して、画面を確認する。そこには、確かに『食事』の予定が入っている。
これは俺の中だけの認識では『デート』だ。
朦依は、きっとそんな風に思っていないだろう。彼は無表情で淡々と、ただ「一緒に食事しよう」と誘ってくれただけだ。
だけど、そんなことはどうでもいい。
重要なのは、俺がその時間をどう感じるかだ。
朦依と二人で食事をする。ただそれだけで、俺の胸は高鳴っていた。
いつものように店で顔を合わせるのとは違う。いつものやり取り以上に、もっと深く、もっと近い時間が訪れるかもしれない。
彼と一緒にいるとき、俺はいつも冷静でいようとしているけど、正直なところ、その内側では緊張が走っている。胸の奥がじんわりと温かくなって、鼓動が速くなる。朦依の言葉一つ一つが、俺の心に刻まれていく感覚がある。
『食事』という単なる言葉が、こんなにも特別な響きを持つのは、きっと朦依だからだ。俺はそう思いながら、スケジュールを何度も確認してしまう。あと何時間、あと何日……。
デート――――、そう呼んでもいいだろう。
例えそれが俺だけの認識であったとしても、それで十分だ。少なくとも、朦依と二人きりで過ごせる時間が俺には何よりも大切だから。