試作_0923



 いつも通り、僕の部屋は静かだった。――――。心地いい。その感情と共に思い出されたのは、先程、読み終えたばかりの小説に対する疑問である。
 
 僕はソファに身を預けながら、同じく隣に座るシルヴァンに声をかける。同じ創作をする者、彼は何を思っているのだろうか。
 
 「何故、人気のある小説は、セックスを示唆するのか、考えたことある?」
 
 僕は別にそんなシーンが欲しいわけじゃない。むしろ、不必要に感じることが多い。物語に何か意味があるわけでもなく、ただ売れるためだけに加えられているような気がする。もちろん、一部の作品では重要な意味を持っていることもあるけど、それが全部じゃない。
 
 シルヴァンは何も言わずに僕の話を聞いていた。でも、なんとなく彼の視線がこちらに向けられているのを感じる。
 
 「僕には理解できないんだ。」
 
 何故、あんなにも多くの作家が、そういった描写を入れるのか。
 
 もっと深く、伝えたいものがあるのではなかろうか。そういったものを掻き消してしまっているのではなかろうか。
 
 僕が次の言葉を考えていると、隣に座るシルヴァンが動くのを感じた。そして、ゆっくりとこちらに顔を近づけてきたかと思うと、耳元に囁くような声で言う。
 
 「試してみるか?」
 「へっ!?」
 
 その瞬間、心臓が跳ね上がった。僕は彼の言葉の意味をすぐには理解できず、しばらくの間、ただ彼の顔を見つめていた。シルヴァンの顔には、いつもの冷静な表情が浮かんでいたけど、どこか遊び心のある光がその瞳に宿っている。
 
 「な、何を試すって…………?」
 
 言葉を詰まらせる僕を見て、シルヴァンは肩を竦める。そして、微笑む。
 
 「君はセックスに興味を持っているのだろう?」
 「いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだけど…………。」
 「そうか。」
 
 実際に体験してみる。それは悪くない提案であると、俺は考えるのだが。
 
 相変わらず微笑んだまま、言い終えるシルヴァン。僕は、顔が熱くなるのを感じながら、慌てて弁解しようとした。
 
 しかしながら、揶揄するように笑うシルヴァンは、まるで僕の動揺を見透かしているかのようだ。彼は再び軽く肩を竦め、ソファに深く凭れ掛かった。
 
 「冗談だ。」
 
 いつもの冷静な声が響く。
 
 「それを君が望んでいるわけではないことは、分かっている。」
 
 僕は安堵の息をつき、ようやく落ち着きを取り戻した。シルヴァンの軽口に振り回されることなんて、これまでにも何度かあったけど、今日は特に心臓に悪い。
 
 だけど、その独特な余韻を持つ会話の後、僕たちは再び静かにリラックスした時間を過ごしていた。
 
 不必要な描写――――。それは、この現実の世界にあるのだろうか。
 
 ◇
 
 僕の頭の中に、シルヴァンの言葉が響く。
 
 『試してみるか?』
 
 ――――。何となく、悶々とした感情が残っている。
 
 シルヴァンから顔を背けた僕は、ソファの背もたれに体を預けたまま、視線を外して、息を吸う。
 
 「――――、したいって言ったら、してくれるの?」
 
 自分でも驚くくらい小さな声で、まるで独り言のように呟いた。すぐに後悔が押し寄せてきたけど、既に言葉は口から出てしまっている。
 
 しばらく沈黙が続いたあと、シルヴァンが再び、ゆっくりと動いた気配がした。僕の方を見つめているのが分かる。耳元に感じる彼の視線に緊張感が走る中、彼が身を乗り出してきた。
 
 「誘っているのか?」
 
 その低い声と同時に、彼の手がそっと僕の太腿に触れた。指先が優しく撫でるように動くたびに、僕の心臓がまた跳ね上がる。普段から距離感を保っていたはずなのに、急にこの距離が縮まると、どうしていいか分からなくなる。
 
 「ち、違うから!」
 
 僕は反射的に両手を左右に振りながら、慌てて否定した。顔が赤くなっているのが自分でも分かる。こんなことを言うつもりじゃなかったのに――――!
 
 シルヴァンは軽く笑って、その手を離した。彼の表情は、まるで僕の反応を楽しんでいるかのようで、どこか柔らかいものを含んでいた。
 
 「冗談にしちゃ効きすぎだよ…………。」
 
 僕は照れ隠しのように苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと息を吐いて、心臓の鼓動が落ち着くのを待つ。
 
 シルヴァンは何も言わず、ただ静かに微笑んでいる。それが逆に、また僕を困惑させる。そういう余裕ある態度が取る彼が、今は憎たらしい。
 
 ◇
 
 僕はシルヴァンをじっと見つめた。彼はいつも通り、冷静で落ち着いた表情をしている。でも、その整った顔立ちは無意識に周囲の目を引きつけているはずだ。
 
 「シルヴァン、君は顔の良さを自覚するべきだ。」
 
 僕はそう言いながら、彼に向かって指をさす。自覚していないふりをしているだけなのか、それとも本当に気にしていないのかは分からない。しかし、彼の顔は本当に反則的な魅力がある。
 
 その時、シルヴァンは軽く笑いながら僕の指を掴んで、自分の方へ引き寄せた。僕の手をそのまま彼の頬に当て、柔らかく頬ずりをする。
 
 「顔だけか?」
 
 低く、揶揄を含む彼の声が、耳元で囁くように響く。その瞬間、僕の顔が一気に熱くなるのを感じた。
 
 「そういうところだよ、馬鹿!」
 
 僕は恥ずかしさに耐えきれず、顔を赤くしながら彼に抗議した。自分の手が彼の頬に触れているのが、急にとても恥ずかしくなってくる。まさかこんな風にされるとは思っていなかった。
 
 シルヴァンは僕の抗議を楽しんでいるかのように微笑んでいたが、ようやく僕の手を解放してくれた。僕はすぐに手を引っ込めて、何とか平静を装おうと努力した。が、当然、激しく脈打つ心臓の音は隠せなかった。
 
 「本当に、君って時々、信じられないくらい卑怯だよ…………。」
 
 僕は顔を逸らしながら、何とか気持ちを落ち着けようとする。シルヴァンはただ微笑んだまま、何も言わず僕の横に座り続けている。
 
 彼の笑顔が、また僕の心をざわつかせる。それが分かっているから、余計に厄介だ。
 
 ◇
 
 ◇
 
 ◇
 
 隣で朦依が顔を赤くしているのを、俺はじっと見つめていた。彼は照れ隠しなのか、やたらと大げさに抗議しながら手を引っ込める。そんな彼の動き一つひとつが、妙に愛おしく感じられる。
 
 俺は口元に微かに笑みを浮かべながら、そっと心の中で呟く。
 
 (いつ、気づいてくれるのだろうか――――。)
 
 朦依が向ける、この無意識の反応が、俺にとってはすでに十分な答えのようにも思える。だが、彼は自分の感情に対して、あまりに鈍感だ。
 
 俺が揶揄する度に、彼は真っ赤になって、必死に自分を守ろうとする。でも、俺の目から見れば、その全てが彼の本音を隠そうとしているだけだ。
 
 口では悪態を吐くけれども、その言葉の裏にある気持ちは、俺にはちゃんと伝わっている。けれど、彼自身がそれを自覚する日はまだ遠そうだ。
 
 俺は、ただ隣に座る彼の横顔を見つめながら、焦らずその時を待つことにした。
 

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