「漫画がはじまる」感想
超絶ざっくりあらすじ
井上雄彦さんと伊藤比呂美さんの対談。
「SLAMDUNK」「バカボンド」を中心に井上さんがどういった事を考えながら漫画を描いているかがわかります。
では、特に興味深かったところを本書から拾っていきます。
・井上雄彦の大学時代
もともと美大に行こうと思っていたが、母子家庭で金銭面が不安だったために熊本大学に進学。美大と違って、熊本大学では当然漫画を描こうとしている人は周りにいなかった。そのことについて
僕が漫画家になろうと思っていることを、みんなは知らなかった。
漫画のことに一切ふれないというか、自分が漫画家になりたいと思ってることを人に言わず、表に出さずに溜めていたんです。それがよかったんじゃないかな。あと人から聞くような情報もなかったわけで、変にわかった気にならなかったのがよかった気がします。(P18)
大学受験とかだと、周りに同じ志望校を目指している人がたくさんいる方が切磋琢磨できたりしてうまく行きそうな気がしますが、井上さんの場合は逆なのが面白いですね。
・「SLAMDUNK」をもう一度描いたら
「SLAMDUNK」を今もう一度描いたらどうなるかについて、井上さんは「監督はもっとうまく書けると思う」とおっしゃる一方、選手たちについてはこう言っています。
井上 逆に、高校の部活のこの子たちの感じっていうのは、いま描く自信はないです。
伊藤 それは、年をとっていろんなことを経験したから?
井上 選択肢が広がったというか、価値観が広がっているんで、この子たちみたいに「絶対勝つ!」っていうのが信じ切れないところがある。
伊藤 なるほど。
井上 「勝つのが正しいのか?」とか、そういうものまで入ってしまっているので100パーセント信じて突き進めないというか。(P34,35)
今の自分では描けず、過去の自分でないと描けないものがあるということが面白いですね。
勝つことが絶対的に正解ではないというのはすごい深い感じがしますね。
・最初と最後の「大好きです」
「SLAMDUNK」では、主人公の桜木花道が「大好きです」というセリフを物語の最初と最後に言っていて、そこがすごい感動的なんですよね。
そういえば「SLAMDUNK」の「大好きです」のセリフの分析で面白い記事があったので載せときます。
その「大好きです」というセリフが最後に出てきたことについて井上さんはこう言っています。
井上 うーん、あまり自覚的にやるほうではないんで、よくわからないですね
SLAM DUNK」の最初の「大好きです」と最後の「大好きです」についても、もちろん最初の「大好きです」を書いた時は、「最後にもう一回使うぞ」なんて思ってないわけです。
伊藤 あああ、こんなにものすごく、ものすごく、効果的なかっこいいところを、無自覚に……。じゃ、どうして最後にこれを出してきたんですか
井上 やっぱり、話が進んでくると、自分としてもストーリーを作っていくなかで、もがく部分が出てきます。そうした時に何に縋るかというと、結局自分の中にしかないんですね。答えというものが自分の中にある。または、自分がすでに描いたものに答えはある、というところに帰るんです。苦しい時には「原点に帰れ」とよく言いますけれど、それと似たようなことでしょうね。だから、答えは外から見つけてくるようなものではなくて、「もう描いているんじゃないか」というような、そういう直感のようなものがあります。だから、作品を何度も読み返しているうちにつながったんだと思います。(P76)
ストーリーで苦しんだときこそ、外を見るのではなく自分の中を見る。
自分の外側にある「ここではないどこか」ではなく自分の内側にある「いまここ」に集中する。この考え方は色んな作品や対談に出てくるものでとても重要な考え方だと思います。
・生きるということは?
バカボンドでは多くの人物の死が描かれています。では、「生きるということは?」と伊藤さんが尋ねます。それに対して井上さんはこう答えます
井上 死ぬことをいっぱい描いていると、生きることを描くことになるんじゃないですか。死ぬ前提というか「このキャラクターはもうすぐ死ぬんだ」とわかっている時ほど、僕はストーリーを描きたくなる。そういうことだと思います。「すぐそこに死が見えてるからこそ、この最後の時間を描いてあげたい」というような感覚です。たとえば「余命いくら」と言われた人が、意図的にいろいろなことをやるようになる、という話をきくことがありますね。書く時も、最終回が見えてからのほうが楽しかったりしませんか?(P118)
死ぬことこそが生きることに繋がっているという禅問答のような考えが面白いですね。実際にそのとおりですね。最近すごいブームになった「100日後に死ぬワニ」もそういった考え方に近いのかなと思いました。
雑感
自分は井上さんの作品に関しては、「SLAMDUNK」は10年前に1回読んだ、「バカボンド」「リアル」は未読という状態でした。
それでも十分楽しめましたので、井上さんの作品を全く読んだことがない方でも楽しめるのではないかと思いました。
以上