従業員の手当に関する給与規程等の変更の合理性(肯定)-山口地裁R5.5.24
大変ご無沙汰しております。
2023年の活動を通じて、労務のルールの複雑性ゆえに、労務に関して企業の方々が目測を見誤ってしまうことが往々にしてあり、それによって企業活動が思わぬところでスタックしてしまうことがあるなと感じました。
これを受けて、2024年は、労務に関するサポートをもっと充実させていきたいと思っています。
noteの方では、労務については判例が重要ということで、労働判例に関する情報の提供(サマリですが)を行っていきたいと思います。
それでは、さっそく行きましょう!
当事者
原告:従業員
被告:医療機関
事案の概要
R2.4.1に施工されるパートタイム労働法の改正に伴い、扶養手当を廃止して子供手当・保育手当を新設する方針を決定。住宅手当を廃止して、住宅補助手当を新設する方針を決定。
この決定は、女性の就労促進・若年層の確保のためとの説明を職員説明会で実施。
改定案を実施した場合、費用負担が重くなるため、再度変更案の見直しを実施。労働組合との間で団体交渉を継続。
その後、規定の改定と激変緩和措置を取ることについて過半数代表との同意を取得。給与規程を改定し、新規程に変更。
組合は承服しない旨の申し入れ。
本件変更の結果、正規職員にのみ交付されていた扶養手当が廃止され、新たに子供手当等が創設。また、正規職員にのみ交付されていた住宅手当のうち一部が廃止され、非正規職員にも拡大された。
この変更は、もっぱら人件費削減を目的とするもので合理性がなく無効であるとして、変更前の給与規程に従って算出した令和2年10月意向の差額分等を求めて提訴。
争点
本件変更の目的が、もっぱら人件費削減目的であったか否か。
労契法10条所定の諸事情に照らした本件変更の合理性
判決
請求棄却(給与規程の変更は有効)
理由
争点1について
病院側は、当初から、パートタイム労働法の改正に伴う正規・非正規の格差是正である旨を説明している。
格差是正の必要性を踏まえた改定案を示してきたという経緯がある。
したがって、本件変更は、手当の支給目的を納得性のある形で明確化することを目的としたものであると認められる。
原告は、人件費削減目的であったと主張する。確かに、人件費総額が増加しないよう手当の具体的な内容を検討しており、人件費増加を抑制する意図があった。
しかし、人件費増加の抑制と非正規職員への手当の新設を両立させて実現するための手段の一環として、正規職員の人件費を非正規職員への手当の減資に当て込んだに過ぎないので、もっぱら人件費削減を目的としたものとは言えないから、変更の目的のみを理由に本件変更の合理性を否定することはできない。
争点2について
1.合理性の判断枠組み
労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、その他の就業規則にの変更にかかる事情に照らして判断される。
中でも賃金など労働者にとって重要な権利に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、そのような不利益を受任させることを許容することができるだけの高度の必要性が必要。
「高度の必要性」については、諸般の事情を総合考慮。就業規則の変更を行わないと使用者の事業が存続することができないというような極めて高度の必要性が常に求められる、というわけではないし、その必要性が、財政上の理由のみに限られる、ということもない。
2.本件変更に伴う労働者の不利益
本件変更は、正規職員に利益に変更されたものと不利益に変更されたものとがあるが、全般的な減額率は、総賃金減資に照らして0.2%程度であり、職員全体にとっての不利益は小さい。
最も減額が大きい職員についてみても、月額賃金・年収の減額率は、高くても5%程度である。
「労働者の不利益」=労働者の生活への支障の程度は、減額率を重視すべきであり、減額率に照らしたときに、労働者の不利益は大きくない。
3.本件変更の必要性・新規程の内容の相当性
本件変更は、法令の趣旨に従って行われた者であり、検討の前提としても、公平・平等な賃金の支給という観点からの手当の見直しであった。明確化された目的に適合する職員に手当が支給されるように手当にかかる規定を変更する必要性もあり。
扶養手当の廃止と子供手当の新設
病院では、配偶者を被扶養者とする手当を受給している者は6%程度であるのに対し、女性職員は70%を超えている。そのような状況下で、男性職員にしか支給されない手当を再構築し、子供を被扶養者とする手当や、扶養の有無にかかわらず保育児童について支給される手当を拡充新設することは、「女性の就労促進」という目的に沿うもので、関連性あり。内容自体も、実態に即した相当なものといえる(この点は、日本商工会議所より、同提言がされており相当性が裏付けられる)。
住宅手当の廃止と、住宅補助手当の新設
住宅手当の受給者は15%程度。もともとは畳の張替えなどの費用に対する補助だったと考えられるが、公務員についてはすでに廃止されている。そのため、病院において、「納得性のある形で明確化する」という目的に沿うもので、関連性あり。廃止する合理性・相当性もあり。
年功序列の病院において、若年ほど、賃料の負担は大きいので、当該手当の支給上限額の増額等により若年層の確保を目指すことは、「納得性のある形で明確化する」という目的に沿うもので、関連性あり。内容自体も、給与が低い時には手当が大きくなるように設計されており、同業界における平均支給額も参照して手当の額が設定されるなど合理的で相当といえる。
激変緩和措置がとられたことも、本件変更により不利益を被った職員らの生活への急激な影響を一定程度緩和するものであり、相当性を支える一事情。
原告の主張について
本件変更の目的たる人材確保の効果につき十分に検討されておらず、人権費増加抑制をしてまで手当を組み替える必要がなかったのではないか、と、原告は主張する。
しかし、手当の支給目的と新規程との間には関連性が認められるところ、実際にどの程度人材確保に資するのかを予想するのは困難なので、制度設計・検討の段階でそこまで具体的に検討すべきであったとはいえない。
今後、新規程に基づく支給総額が以前よりも増加する可能性があり、今後、支給総額の増加を一旦とした経営ひっ迫などによる人件費削減の必要が生じるような事態も想定し得るから、人件費増加抑制を考慮する必要がないとは言えない。
4.本件変更に至る交渉状況等
病院側は、組合に対し、繰り返し、本件変更の趣旨や必要性について説明し、その理解を求める働きかけをしていた。
原告は、これに反対する者が多数いる中で変更が実施されたと主張するが、具体的な手当の制度設計は極めて技術的な検討を要するものであり、過半数代表と協議を経て大まかな方針を決定したうえで団体交渉を行って意見を聞くのが効率的ともいえるから、交渉状況として不十分であったとは言い難い。
手当の再検討の状況を見ても、ことさらに組合の意見を排除しようとしていたとも認め難い。
まとめ
以上から、規定変更の高度の必要性があり、職員が被る不利益の程度を低く抑えるように検討・実施され、その過程で組合の意見が一部参考にされるなど、一定の協議ないし交渉が行われたといえ、本件変更は合理的なものであると認められる。
裁判所の注目ポイント
変更の目的について、当初から一貫して同様の説明がされていることから、変更の目的を認定。目的の正当性については、変更の合理性の中で検討。
目的について、「女性・若年の就労促進」という経営上の課題がある場合であったが、これが人件費削減目的のみである場合に変更の必要性がどこまで認められたかは不明(文脈を見ると、やや否定的?)。
変更の合理性については、変更によって労働者に被る不利益の程度・変更の必要性の程度・変更後の内容の相当性・交渉状況等から総合的に判断されている。
賃金減額に関する不利益の程度については、労働者の生活に対する不利益なので、総額ではなく、減額率でみる。
変更後の内容の相当性については、目的との関連性と、内容が実態に即しているかどうか、という点が重視されている。また、講じられている手段が商工会議所など、公的機関が示唆している手法であることも、相当性を裏付ける事情として挙げられている。
「目的に対してどれほどの効果が見込まれるか」については、検証のしようがないため、
団体交渉については、複数回、労働組合と折衝し、趣旨目的を理解してもらうよう働きかけていることや、労働組合側の意見を改定案の検討に当たって考慮している点などが評価されている。
学び
変更の目的については一貫性を持つことが重要。
変更の必要性について、賃金などの重要な就労条件に関する変更の場合には、高度な必要性が必要。これは、解決すべき経営上の課題の重要性が考慮されている。
規程の変更を検討するにあたっては、以下の要素を検討すべき。
解決すべき経営上の課題はなにか。
その課題の解決(目的)と、手段との間に関連性があるか。また、事業所の実態に即したものといえるか
これにより、労働者に生じる不利益はなにか(賃料の場合には減額率)。
交渉の経過として、真摯に交渉していたか(労働組合側の意見を考慮した形跡があるとと+に働く。)。