最初で最後のたからさがし #パルプアドベントカレンダー2020
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『財宝なんてありゃしない。そんなもの、子どもが見る夢、御伽噺さ』
そんなもの、手に入れてみなければ分からないじゃないか。
僕はそびえ立つ門を見上げて鼻息を荒くする。
今日のために一年も前から準備をしてきた。目指すはこのダンジョンに眠る秘宝の捜索だ。
多くの同志たちが挑んできたというこのダンジョンは見た目が西洋風の豪邸を模しており、難度も初心者級だが、そこに隠されているという秘宝を手にして帰った者は誰一人としていない。
扉は思ったよりも軽かった。まるで僕の冒険を祝福してくれているかのように、取手が手に馴染むように感じる。開け放たれた扉の向こう側にはどこか懐かしさを感じるエントランス。外見に比べこじんまりとしていて、緊張していた肩から力が僅かに抜け落ちる。
……いや、油断は失敗の元だ。内部構造が入り組んでいるともとらえられるのではないか?僅かな隙間さえ見逃すな。そこに秘宝が眠っているのかもしれないのだ。
目についた家具の扉を片っ端から開いていく。古びた絵画の額縁を外しては裏を確認、錆びついた花瓶の中、束ねられたホコリくさいカーテンの隙間、……もちろん『元あった通りに』戻すこと。ダンジョン探索の暗黙の了解である。
さすがに入り口周辺に単純な小細工で隠す程、安い秘宝ではないらしい。
次に目指すはどこにしようか。
僕は背負っていたリュックサックから一枚の紙切れを取り出す。先ほど今日のために一年も前から準備をしてきたと言ったが、これがその『準備』だ。いわゆる【宝の地図】。このダンジョン全体の見取り図と、そこから予想できる秘宝の隠し場所を推測したメモが記されている。
この地図は過去にこのダンジョンに挑戦したとある探検家の協力のもと書き上げた信頼のおけるシロモノだ。
エントランスから見て、右手に食堂。左手に大広間。そして目の前の螺旋階段が2階部分へと繋がっている。
細かな物に紛れて隠すなら食堂を狙うか?僕は右手の扉を開けた。
だだっ広い部屋に大きな食卓がひとつ。奥は厨房に続いている。僕は食卓周りに立つ食器類が並べられた棚をひとつひとつ丁寧に探索していく。
この屋敷にはどんな貴族が住んでいたのだろう?今となっては廃墟同然だが、食器ひとつ見ても優雅な暮らしを送っていたことが想像できる。「ゆえに」いわく付きのダンジョンになってしまったことも、想像に難くない。
今はもう誰も囲むことのなくなってしまった食卓に、からからに萎びたポインセチアの花が飾られていた。メッセージカードが添えられている──『クリスマスおめでとう』。
長い間人が立っていないであろう厨房も、優秀なコックが居たのだろう、調理器具は綺麗に片付けられていた。食材庫の扉に貼り付けられていたメモ書きを読む。『中2段目の果物は18××年3月30日までに使い切ること』。まぁ、この扉は開かない方が利口だろう。
エントランスに戻り、左手の部屋に足を踏み入れる。
客間を兼ねた大広間には立派な絨毯が敷かれていた。入って一番に目が向かうのは真正面に飾られた大きな絵画だ。油絵で、家族が暖炉を囲んで団欒としている温かな風景が描かれている。エントランスの時と同様に額縁を外そうと試みたが余りにも大きすぎるその絵画に僕の両腕が回らなかった。隙間から裏側をのぞき込み怪しいものがないか確認する。
部屋の片隅に高さ1.7m程の針葉樹の鉢植えが置いてある。色褪せたオーナメント、ネズミにかじられた枝葉。紛れもなくクリスマスツリーの変わり果てた姿。先ほど探索した食堂の食卓に飾られていたメッセージカードを思い出して、思わず胸が痛んだ。
温かな家庭に一体何があったのだろう。
屋敷の中は生活感もありまるでつい先日まで人が住んでいたようなのに、そこから人だけがすっぽりと抜け落ち、時間があっという間に流れていってしまったかのような、そんな雰囲気だ。
人々が手に入れることを願ってやまない秘宝とはこの屋敷に暮らしていた人が残したものなのだろうか。秘宝に関しては情報が何一つないのにただただ好奇心だけが募っていく。これがロマンというやつなのだろう。
大広間から出る際に、壁に飾られていた小さな写真が目についた。
優しそうな笑顔を浮かべる夫婦と、姉と弟の4人家族のようだった。
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螺旋階段を上ると部屋が3つ。もちろん調べはついている。
一番左が子供部屋で、扉を開くなり足の踏み場もない玩具の海に遭遇した。
2段ベッドから部屋を見渡せばこの家の「姉弟」の性格が良く分かる。小綺麗なベッド上段と写真や絵で飾られた壁を支配する姉の権力に対抗するかのように弟がベッド下段から床の支配を拡げていたようだ。
散乱した玩具の中に秘宝が混ざっているとは考えにくいと判断し、ターゲットを早々にクローゼットや机へと切り替える。しかしそこから発掘されたのは秘宝ではなく、姉弟が集めた「きっと彼らにしか価値の分からない宝石や化石」が詰まった──少しカビ臭い──タイムカプセルだった。
2階の右手の部屋は夫婦の寝室だ。
クイーンサイズのベッドに掛かっているシーツを捲り下の空間に頭を突っ込む。持参したライトで暗闇を照らしても、残念ながら何も隠されていなかった。しばらくこの妙に落ち着く狭さの空間で不法侵入者ごっこを楽しんでいたが、そもそも人のいない建物に秘宝目当てで許可なしに侵入している僕は不法侵入者そのものだった(ダンジョンに管理者がいるかどうかは別として、の話だ)。
クローゼットも服だけで、ドレッサーの引き出しにも目ぼしいものは何一つ入っていない。アクセサリーについていた大きめの宝石を拝借することも脳裏によぎったが、今回の探索の最終目的を前に余計な荷物を増やすことは賢いとは言えない。ましてやこれがトラップであることも考えねば。大体、欲に目がくらんで大きな宝石に手を伸ばすと警報が鳴り響くのが怪盗モノの展開だ。
さて、残るは2階中央の部屋ひとつだけとなった。しかしこの部屋、問題がひとつある。鍵が掛かっているのだ。あからさまに怪しい。
鍵の情報は地図制作に協力してくれた探検家から聞いたもので、あろうことかその探検家は自分が探索に挑戦した際に手に入れたこの部屋の鍵を僕に譲ってくれた。もちろんこの探検家も部屋の中を見て回ったそうだが、何も見つけることが出来なかったそうだ。
少し錆びついた鍵穴はすんなりと鍵を受け入れてはくれなかったが、何度か挑戦しているうちに音を立てて扉が開いた。
書斎だ。天井まで届く本棚がびっしりと壁に並んでいる。その隙間に小さな窓があり細く光を執務机に落としているだけで、全体的に部屋は薄暗い。本棚には異国の文字だろうか、僕には読めない字で書かれた本ばかりが並んでいた。
敷き詰められた本棚には隙間ひとつなく、何かものを隠すようなスペースは見受けられない。机も当たり障りのない文房具ばかりが並んでいたが、一番下の引き出しにだけ鍵が掛かっていた。──この情報は、件の探検家から聞いていない。しかし幸運にも部屋の鍵と同じ鍵で開けることができた。
引き出しから出てきたのは白い封筒だった。封のされていない封筒の面にはつたない文字で「サンタさんへ」と書かれている。
不意に、妙な動悸が僕を襲う。ダンジョンに足を踏み入れた時とは異なる高揚感、いや、これは焦燥感に近い。
封筒の中にはメモが折り畳まれていた。何か白い紙をちぎったものに殴り書きされたような、手紙には程遠いそのメモに、僕はゆっくりと目を通す。たったの一文しか書かれていないにも関わらず「ゆっくりと目を通さなければ読めない程に難解な走り書きで」書かれていたその手紙には、──
ガチャリ。
書斎に入るときに閉めたはずの扉の取手が、回る音がした。
ギィ。
古びた木製の扉が軋んだ音を立てて、開く音がした。
執務机に向かって手紙を読んでいた僕は、背後から冷たい風が書斎の中に入り込んで頬を撫でていくのを感じていた。ダンジョンに入ってくる時にしっかりと扉は閉めてきたし、屋敷の中の窓という窓は何ひとつ開いていなかったのに。
僕は手紙を握り締めて言った。「もうしません。もうしませんから。今日が最初で最後だから、見逃して下さい」振り返る。
目の前に黒くて大きな影が立ち塞がっていた。
影は低い声で告げる。
『良い子は、もう寝る時間だよ』
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淡いキャンドルの灯りで照らされたテーブルの上に、ホットワインのグラスとホットミルクのカップが並べられている。
「鍵、渡したのメアリーでしょう」
「どうしてもってせがむんだもの。根負けしちゃった」
「お前たちが書斎に入れるのは12になってからだ。メアリーも3年前に鍵を受け取った時に同じことを教えただろう」
笑う娘を嗜めるように父親が真面目な声音で話す。ごめんなさい、と返す娘。
テーブルの上にはまだ食べかけのクリスマスケーキが残っており、傍にクリスマスカードとポインセチアの花籠が乗っていた。
「メアリー、あなたも早く寝なさい」
「そうね!早く寝ないとサンタクロースからプレゼントをもらえないもの。そうでしょう?『お父さん』!」
どこか冗談めいた話し方をしながら食堂から出て行く娘は、去り際に父親に向かってウインクしてみせる。その合図を確かに受け取って、足音が遠くなってから、ようやく溜息を吐き出す父親。
「クリスの好奇心にはほとほと困らされていたが、まさか家中を引っ掻き回されるとは。問いただしても冒険をしていただけだとの一点張りだ」
「クリスは物語に没頭するのが好きでしたから」母親が微笑む。「メアリーの時も毎年試行錯誤してきましたが、今回ばかりはひやひやさせられましたわ」
「だが今年でそれも終わるとなるとどこか寂しい気もするな」
「そうですね。この特別な日の約束事は、『見られてしまったらおしまい』。そうでしょう?」
笑顔を浮かべる母親がワインの瓶を片手に「もう一杯いかがですか?」と問いかけたのは、父親と向かい合うようにテーブルの向こう端に座っていた恰幅の良い大柄の男。
「毎年ご苦労様です。でも我が家は今年で終わってしまいましたから。もうお会いできなくなるのが残念です」
大柄の男は雪のように白くふわふわとした髭を左手で撫で付け、ワイングラスを揺らしながら口元を少しだけ緩ませる。
「子どもたちもいずれは親になる。遠くない未来、またあなたと会うことになりましょう」
「その時は、クリスマスの素晴らしさを我が子に伝える術を教えてあげて下さいませ」
ベッドで寝息を立てる少年の枕元に、ふたつの影が落ちる。
それらはやがてひとつとなって、少年をそっと包むのだった。
「メリークリスマス」
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【夢オチ】
去年は夢の中のお話だったけど、今年も夢見がちなお話だった。
クリスマスにはDREAMがつきもの。初めまして、ニイノミと申します。
今年も参加させていただきました。ランダム配置とはいえこんな終盤怒涛の執筆陣の流れをぶった斬るような平々凡々パル……これってパルプか?……アットホームパルプをお送りいたしましたが、この企画も残り2日、ラストに向けての箸休めのような感じでお読みいただけたのではと思います。
全国のサンタクロースとその代行を請け負っている皆さんへ。子どもたちは貴方たちに抱いている夢をいとも簡単に自分の手で台無しにすることがあります。その防止に最善を尽くすのです。
イブの夜、彼らが眠るまでプレゼントの所在にはギリギリまで気を配り、くれぐれもプレゼントの箱やホショウショとやらに見知った販売店の名前の痕跡を残しておかないように。
明日の23日(残念ながらもう祝日ではない)は、
居石信吾さんの「屍者クラウスの悔悛」です。
来年も参加できたら嬉しいですね。メリークリスマス。良い夢を。
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