映画から読み解く、陰謀の近代史 『誰がハマーショルドを殺したか』、『同じ遺伝子の3人の他人』、『シチズンフォー スノーデンの暴露』
■怖くてたのしい陰謀論
アルゼンチンを代表する作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス(と思われる語り手)と友人ピオイ=カサレスがボルヘス宅で夕餉を共にした後、何事か議論に興じている。その最中、ふとピオイが「ウクバール」に関する記述を一冊の百科事典から発見したのだという話をはじめる。その事典は、『アングロ・アメリカ百科事典』ともっともらしく称されていたが、実際は1920年に出版された『ブリタニカ』というまた別の辞書の焼き直し版だった(ややこしい・・・・・・)。どうやら今で言うところの海賊版というか、違法コピーというか、よくこんな手間のかかったことをするものだなと思わず関心してしまうが、兎に角その違法コピー辞書のウクバールの項には、こんな言葉が残されていたという。「鏡と交合はいまわしい」。ウクバールの異端の教祖が残した言葉である。そもそもどうやらウクバールとは土地名を指すらしいのだが、博識のボルヘスですらそんな名前など聞いたことがない。偶然、ボルヘス家に海賊版の原本となった事典があった為、早速その索引をあたる。が、先程の教祖の言葉はおろか、「ウクバール」に関する一切の項目は見つけられなかった。はて、ウクバールとは果たしてピオイの作り話か、ジョークだったのか。
翌日、ピオイがその疑いを晴らすべくといったタイミングで電話をかけてくる。その語るところによれば、彼が所有する事典には確かに「ウクバール」に関する記述があると言うのだ。じゃあ実際見せてご覧よと、2,3日後にピオイが事典を持参してやってきて、ボルヘス自身がその目で内容を確認したところ、驚く勿れ、確かに事典には「ウクバール」の項目が書いているではないか。これは手の混んだイタズラなのか? しかし、ウクバールの存在を裏付けるような詳細な文献「オルビス・テルティウス」が後日発見される(この発見のされ方がまた気味悪くでいまわしいのだが・・・・・・)。それらは所詮フィクションに過ぎないのか、はたまた現実に存在するものするのか。鍵を握る、ウクバール文学の主な舞台、幻想の土地「トレーン」の正体とは。そして、ウクバールやトレーンの影響と思わしき謎の現象が現実世界にも広がり始め・・・・・・。
以上がホルヘ・ルイス・ボルヘスが認めた短編小説『トレーン、ウクバーク、オルヴィス・テルティウス』の粗筋である。序盤のウクバールやトレーンという言葉が出てくるシーンの不穏さ、終盤の謎の異変のあり方ときたら、その辺の恐怖小説を軽く凌駕している。
同時に、『トレーン、・・・・・・』を始めとするボルヘス文学が持つこうした怖さというのは、どこか都市伝説的というか、陰謀論なたのしさがあったりもする。「あってもおかしくない」と私たちに思わせるボルヘスの技倆が光っている。ボルヘスのアイディアと現実世界。両者がまるでレイヤー結合されたかのようにシームレスに繋がっていくが、そいの接着剤的な役割を果たしたのは何か? ボルヘスはこうした「都市伝説」、「陰謀」小説を作り上げるにあたり、エビデンスというツールの有効性を世界に示した。なんかそれらしい文献や書類といったものが持つ説得力や現実性を、これでもかとばかり活用した作家といえようか。
■近代史における最低最悪のテロ
さて、時は変わり21世紀である。1961年におきた第2代国連事務局長、ダグ・ハマーショルド氏の事故死事件を扱ったドキュメント映画が公開された。コンゴ動乱の調停のため彼が乗り込んだ航空機が墜落、彼を含む乗員全員が死亡した。しかしその事件には不審な点が多く、ひそかに暗殺説が囁かれていた。
その死に疑いを持ったマッツ·ブリュガー監督と彼の相棒的立ち位置のヨーラン·ビョークダール氏が7年の年月をかけてかき集めたエビデンス(書類、本、写真、新聞の切り抜き、多くのインタビュー)は、ハマーショルド氏の死の真相はおろか、思いもよらぬ悪の存在を語りだすのだった。
彼らの調査から浮上する謎の組織、南アフリカ海洋研究所。通称「サイマー(SAIMR)」。表向きは研究機関だが、その実は諜報機関であることが判明する。そのトップに君臨していた白づくめの指導者、マクスウェル氏の足取りをたどっていくと、驚くなかれ。白人至上主義の彼らが黒人を根絶するために立案、実施したと思われる最終解決のための作戦の存在が明らかとなるのだ。
その背後でちらつく米英の諜報機関、MI6とCIAの影。こうした愚行に先進国が関わっていたとしたら。
一つの航空事故の調査をしていたら、まさか国家規模の巨大な陰謀に突き当たるとは。彼ら自身意図していなかったに違いない。マッツ監督が後半「恐怖はこれからだ」と語っているが、その理由は明白だ。彼らが掘り当てたのはスクープどころか、事実ならばすでに個人の調査の範囲を越えてしまっているような事案だ。人命を軽んじた国家犯罪と言う他なく、先進諸国すら一枚かんでいたのだから、私たちの世界に関する認識を変えてしまいかねない。これほどの残虐さと非常さがまかり通る世界なのだ。これが人間か、と。
彼らがたどり着いた結論は、残念ながらまだ仮説の域を出ていない。ゾッとする話だが、劇中彼らがそう言っているように、その作戦の有効性も怪しい訳だ。観客の我々もそんなことあり得るのかと疑ってしまうほどの狂いっぷり。サイマーのものと思わしき書類自体も、それこそ偽造だったとしたら、元からガラガラポンで仮説は崩れさる。一応、サイマーの元関係者と思わしき人物のインタビューにも成功しているものの、そもそもこの人本当に元サイマーなのか? どうも怪しさに満ち満ちている。何かしらの物証は必要だろうと思わせる。
しかし一方で、である。アパルトヘイトは確かに存在していた。そのと拍子のない作戦を行う土壌は既に醸成されていたのである。紛れもなくそれは人種差別である。そもそもそうした差別は、欧州の植民地支配に端を発しているのは周知の事実であり、その根深さに戦かざるをえない。そうした不平等と理不尽の上に、今日のアフリカがあるのだ。そうした取り返しのつかない歴史について「彼らは対価を支払おうとしない」というさりげないモノローグに、作家の怒りは集約されている。
『誰がハマーショルドを殺したか』は都内ではイメージフォーラムで公開中である。といってもそろそろ公開も終わりそうな雰囲気ではあるので、気になる方はお早めにどうぞ。
■陰謀ドキュメント映画 傑作選
さて、皆様連日猛暑で死にそうな日が続いていると思いますが、いかがお過ごしでしょうか? こういう暑苦しい時期には怖い話がぴったり。という訳で『ハマーショルド』にちなんで、ここからは一風変わった恐怖映画を紹介したい。下の2作は、ドキュメント映画で、おばけやゾンビは出てこない。しかし、である。知らないうちに自分の人生を牛耳り、思いのままにしている者がいたとしたら・・・・・・。そんな現実味のある恐怖を味あわせてくれる。
アマゾンプライムで公開中なので、会員さんは追加料金なしで見れるよ。
『同じ遺伝子の3人の他人』は、物心つかない頃に生き別れてしまった三つ子が、ひょんなことで再会することから始まる。その話題性とキャラの面白さがバズってTVショーでは引っ張りだこ、女にはもて、三つ子で始めた事業は大成功。それぞれ理想的な所帯も持ち、まさに男が羨む人生を謳歌することになる。
ここまでは一見すると美談に見えなくもない。このままではアメリカンドリームを掴んだ男の平和なドキュメントである。しかし、徐々にきな臭さが立ち込めてくる。三つ子は誕生後すぐに経済レベルの異なる家に養子に出されていた。まるで狙ったように底辺、中流、上流の家庭にだ。それを仲介したのは、ユダヤ人系の養子縁組組織と、ある精神科医らしいのだが・・・・・・。
この映画は「当時(若き日の三つ子)のアーカイブ映像」「役者による再現映像」「現在の、年老いた三つ子とその家族へのインタビュー」を交えて構成されているが、多分観てすぐに違和感を感じるだろう。まるで指にささった棘のような、大したことないのに気にかかってしまうような違和感。その理由が判ったとき、あなたは恐怖と怒りで震えること間違いなし。他人の人生をまるで実験動物のように弄ぶ人間がいた。国家のため、人類の叡智のためなどとぬかしながら。
もしかしてあなたも人生の道半ばで、出会ってしまうかもしれない。幼き日に生き別れた兄弟に。その時はどうかご用心を、である。
世界規模の陰謀については、『シチズンフォー スノーデンの暴露』を押したい。2013年、エドワード・スノーデンの告発と亡命は恐るべき事実を詳らかにした。アメリカ合衆国のNSA(国家安全保障局)が、アメリカ国内を含む世界中のインターネットや電話記録を傍受していたいうのである。スノーデンはNSAのIT部門に勤務しており、その傍受システムの運用に関わっていた。そして彼が持ち出した機密文章がそれを裏付けたという訳だ。『シチズンフォー』は一連の告発、そしてロシアへの亡命までの様子をリアルタイムにカメラに収めた。まさにこれぞ時代を映し出す貴重な映像資料である。
かのスノーデン報道は我が国でも大きく取り扱われ、記憶に新しいのではないか。彼の亡命からはや数年がたち、そうした大国による個人情報やプライヴェートの盗聴が公然のものとなった世界を、私たちは異議申立もせず半ば受けいれてしまっている。アメリカはそうした盗聴を「諜報活動では当然(笑)」と開き直っているし、況や中国やロシアなどどうなっているのか知るよしもない。安全保障という名目で、気がつけばディストピア小説のように監視網が私たちの目の届かぬ場所に敷かれている。それだけでも恐ろしいが、何よりスノーデンが暴露しなければこうした事情すら判らぬまま私たちはノホホンと暮らしていたに違いない。そう考えるとゾッとせざるを得ないのである。
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