経営戦略としての非市場戦略(2):公共政策戦略の意思決定モデル
はじめに
前回の記事では、非市場戦略の概念と経営戦略上の位置づけについてまとめました。
今回は、Hillman & Hittの1999年の論文「Corporate Political Strategy Formulation」(企業による政治・公共政策戦略形成)※を中心に、非市場戦略のうち、CPA(Corporate Political Activities)の意思決定モデルについて解説します。
※ ”Political Strategy”は直訳で”政治戦略”ですが、ニュアンス的には政策を含んだ方が適切なので、”政治・公共政策戦略”という用語を使います。
この論文は、経営学・政治学などの諸理論をもとに政治・公共政策戦略の分類を理屈的に整理したものです。実証分析をしたものではないため、実例に当てはまるかどうかについては、実務経験に基づくコンテクストを織り交ぜながらまとめていきます。
受動的反応(Reactive) vs 能動的戦略(Proactive)
そもそも、企業は政策課題に対して、どのような態度で向き合うのでしょうか。
Hillman & Hittは、Weidenbaumの論文を取り上げ、公共政策に対する企業の反応の仕方は、①passive reaction(受動的反応), ②positive anticipation(ポジティブな期待), ③public policy shaping(公共政策形成)の3つに分類できるとします。
①Passive reaction(受動的反応)は、政策形成プロセスへの関与を行わず、政策が制定されたら、ただ受動的に従う姿勢です。
②Positive anticipation(前向きな期待)は、依然として政策形成プロセスへの参加は行わないものの、政策による事業への影響を企業戦略に反映し、事業機会に活用する姿勢であり、受動的反応よりはアクティブな姿勢です。
③Public policy shaping(公共政策形成)は、①②と異なり、政策形成プロセスへ積極的な関与を行っていく姿勢です。
前回の記事のDavid P. Baronの非市場戦略の論文は、政策課題に対して能動的に関与すべきという姿勢が根底にあります。
今回のHillman & Hittの論文も、能動戦略を前提に、(1)政治・公共政策戦略のアプローチの種類、(2)参加レベル、(3)戦略の種類の3段階の意思決定を整理しています。
(実際には、リアクティブな政治・公共政策戦略を取っている企業はよく見受けられます。例えば、外資企業の日本支社では、本国にしか担当がおらず、課題が発生したら受動的に対応する方針の会社は多いと思います。日本企業でも、スタートアップなどでは政治・公共政策戦略のノウハウがないので能動戦略を取りたくても取れないという会社は多いと思います。)
意思決定(1) トランザクショナル・アプローチとリレーショナル・アプローチ
Hillman & Hittは、固有の重要課題に対してのみ個別に政治・公共政策戦略を行うアプローチを”トランザクショナル・アプローチ”とし、個別イシューを超えてリレーションを構築し、イシューが顕在化した場合に関係やリソースを活用するアプローチを”リレーショナル・アプローチ”として分類しています。
トランザクショナル・アプローチは、長期的な関係構築を志向するのではなく、イシューが起こったら都度対応するイシューベースのアプローチです。反対に、リレーショナル・アプローチは、リレーションを作り、それを活用していく長期目線のアプローチです。
Hillman & Keimは1995年の論文で、政策プロセスを需要と供給の関係で捉え、リレーショナル・アプローチにより、政策の需要者である企業が供給者である政策立案者と信頼を構築することで、企業にとって政策プロセスに参加する取引コストの削減につながると説明します。
また、継続的で閉じた関係の交換は、企業と政策立案者のソーシャル・キャピタルの強化にもつながり、当事者間での信頼を強化するとも説明しています。
(参考:ソーシャルキャピタル)
リレーショナル・アプローチは、ドメスティック企業、多国籍企業の双方において主流になっており、実際に、1970年代以降、ワシントンや(EUの本部がある)ブリュッセルでは政府渉外のオフィスが増加したと言われています。
一方で、下記の例のように、(意図的かどうかはわかりませんが)トランザクショナルなアプローチを取っていると推察されるケースはよく観察されるところです。
トランザクショナル・アプローチとリレーショナル・アプローチの選択にあたっての変数
では、トランザクショナルとリレーショナルはどのように選択すればよいのでしょうか。
リソースに余力があるのであれば、実務家目線では、リレーショナルアプローチが望ましいと考えるのが普通だと思います。
Hillman & Hittは、①企業が政府の政策の影響を受ける度合い、②企業の製品多様化の度合い、③企業が事業活動を行う国のコーポラティズム/多元主義の度合いがアプローチの選択に影響を与えるとしています。
①企業が政府の政策の影響を受ける度合い
第一に、自社事業が政府の政策にどれだけ依存しているかが選択に影響します。
政策の影響が少ない(非規制業種など)場合、リソースを節約できるトランザクショナル・アプローチが合理的かもしれません。
一方、政策の影響が大きい(規制業種や公共向けサービスが主力事業など)であれば、リレーショナル・アプローチが合理的かもしれません。
David P. Baronの非市場戦略の論文でも、政府コントロールが強い分野か市場コントロールが強い分野によって、非市場戦略の重要性を判断しようとする枠組みが提示されています。
なお、これらの論文が書かれた1990年代と比べると、VUCAの時代と言われるように、現代は、政府の規制もダイナミックに変化しています。
例えば、ローカル電気通信サービスは、NTT法という特別法でNTTの規制がなされているように、政府コントロールが強い領域ですが、徐々に緩和されており、最近では廃止も議論されています。
一方、情報サービスは、元々は規制が少ない領域に整理されていますが、いわゆるGAFAに対する規制などは、どこの国でも強化されています。
また、2022年に経済産業省がまとめた「アジャイル・ガバナンス」の報告書では、従来型の法規制モデルの限界を認識した上で、よりアジャイルなガバナンスモデルが提唱されており、今後規制モデルがダイナミックな変化をしていくと、現時点の政策の影響度合いで判断するのは、あまり意味がなくなっていくかもしれません。
②企業の製品多様化の度合い
次に、企業の製品多様化の度合いが選択に影響するとされています。
製品が多様化されていない場合、企業は特定の産業のイシューだけに注意を向ければよく、特定ドメインに特化したリレーションや情報を獲得しやすくなります。
また、製品が多くても、製品相互間の関連性が高く固有の政策ドメイン内の場合は、相互の関連性が薄い製品ポートフォリオを持つ場合に比べて、特定のイシューに集中することができます。
したがって、関連性のある製品多様化型の企業は、専門特化した政策知識を得るために、リレーショナルアプローチを指向するだろうと述べられています。
一方、関連性のない製品多様化型の企業は、すべての政策ドメインで長期的な関係を構築する能力を持つことは難しく、トランザクショナルアプローチを取り、特定の政策イシューや政治的イベントのみの対してアクティブに活動するだろうと説明されています。
複数の製品を持っていたとしても、例えば、それが情報通信というドメインの範囲内であれば、IT政策を所管する総務省や経済産業省、BtoCであれば消費者庁や個人情報後委員会、BtoBであれば公正取引委員会など、ある程度特定の関係構築が可能なように思います。
一方で、コングロマリット化している(非関連型の製品多様化)場合、モニタリングは広範に行いつつ、イシューが起こったらトランザクショナルにアプローチするというのが現実的な戦略になりそうです。
③企業が事業活動を行う国のコーポラティズム/多元主義の度合い
最後に、コーポラティズム/多元主義の度合いが選択に影響を与えるとされています。
コーポラティズムのシステムでは、企業、労働者などの特定の利益を代表する組織が政策形成プロセスに参加する仕組みが存在します。また、コーポラティズムの国は、協力とコンセンサスを文化的特性として持っており、一般的には、個社の自己利益の追求は懐疑的に見られるとされています。
一方、多元主義の国では、幅広い利益集団が様々なイシューの意思決定に対して影響を与えることができます。
したがって、コーポラティズムの国では、企業はリレーショナルアプローチを取り、(競争の結果のゼロサムではなく)ポジティブサムの結果を目指すだろうとされています。反対に、多元主義の国では、トランザクショナル・アプローチが好まれるだろうとされています。
コーポラティズムの国では、政策形成プロセスの制度化が注目されており、
実際、日本では、経済団体(経団連など)、労働者の団体(連合など)、業界の団体(医師会、農協など)が政府の審議会などの公式政策形成の場のメンバーになっているのはよく見受けられます。
例えば、現在の岸田政権で成長戦略を検討する場である「新しい資本主義実現会議」の有識者構成員を見ると、経団連や経済同友会の会長、連合の会長などがメンバーになっており、政策形成プロセスへの関与が制度化されていると言えそうです。
一方で、米国は多元主義の国と言えると思いますが、特定のイシューごとの利益集団がたくさん存在して、それぞれの集団が競争して政策形成に影響力を行使していく姿が一般的かと思います。
ロビイストが活躍する「女神の見えざる手」という米国の映画がありますが、銃擁護派と銃規制派の利益グループが正面からガチンコで戦っていく姿は、多元主義を前提にすれば理解しやすいように思います。
また、日本はルールメイキングが苦手という指摘がよくなされますが、伝統的な団体による政策形成プロセスへの参加が制度化されていることから、個々の企業が主体性を持ってルールメイキングに参画するマインドや機会が少ないというのも要因にあるのかもしれません。
意思決定(2) 単独行動 or 共同行動
企業がトランザクショナルかリレーショナルかのアプローチの方向性を決定した後は、単独行動か共同行動かという参加のレベルを決める必要があるとされています。
Hillman & Hittの論文では、Olson(1965)の政治科学での研究に沿って、公共政策活動への参加を単独行動(Individual Action)と共同行動(Collective Action)に分けて整理しています。
単独行動か共同行動の選択にあたっての変数
Hillman & Hittは、企業が単独行動か共同行動かを決めるにあたって影響を与える要素として、①リソース、②コーポラティズム/多元主義の度合い、③選挙イシュー/非選挙イシューを挙げています。
①財務的リソースや無形資産(公共政策の知見等)の有無
リソースがある企業は単独行動をとり、リソースがない企業は共同行動をとるだろうと述べられています。
単独行動の場合、すべての活動コストをその企業が負わなければなりませんが、共同行動では、コストを複数の企業で分散することが可能です。
したがって、リソースがない企業は単独行動は困難なので、共同行動をとることが基本になります。
また、共同行動を取ることで、より力強い声(意見)を提供することができたり、業界団体などでリレーションや知見をプールすることができるというメリットもあります。
一方で、リソースが潤沢にある企業の場合、単独行動の方が自社への便益を最大化できる可能性があるため、単独行動の方が合理的な場合があります。
②企業が事業活動を行う国のコーポラティズム/多元主義の度合い
また、前述のコーポラティズムと多元主義が単独行動か共同行動かの選択に影響を与えるとされています。
コーポラティズムの国ではコンセンサスが重視されるため、共同行動を選択しがちとされています。
一方で、多元主義の国では、多数の利害関係グループが断片的に存在し、それぞれが政策的な成果をめぐって競争(単独行動)し、他の利害関係グループとは妥協しないというモデルを念頭においています。
③選挙イシュー/非選挙イシュー
企業のリソースや国のシステムに加えて、イシューの種類も単独行動・共同行動の選択に影響を与えるだろうとされています。
具体的には、政策課題が選挙イシューの場合、企業は間違った選択をした場合の批判や責任を回避するために、単独行動よりも共同行動を選択するだろうと分析されています。
例えば、郵政民営化に賛成か反対か、原発に賛成か反対かなど、政策課題が選挙イシューになっている場合は、そのイシューに大きな利害関係があったとして、個社として賛成・反対を述べるのは非常に難しいでしょう。
このような場合、企業は共同行動を取るだろうと考察されています。
意思決定(3) 戦略と戦術の選択
研究者の間では、政治・公共政策戦略の分類にコンセンサスはないようですが、Hillman & Hittの論文では、一定の分類を試みています。
まず、議論のスタートとして、政治的意思決定者のインセンティブは、①情報(Information)、②個人的インセンティブ(Personal Incentive)があるとします。
インセンティブ①:情報(Information)
政治・政策の意思決定者は、市民の代理人として意思決定を行いますが、多様なイシューに対して、市民の選好を逐一把握できるわけではありません。
そこで、政治・政策の意思決定者は、情報(information)を必要とします。
企業・市民側から見ると、建前としては選挙によって民意が反映されている民主主義の制度下において、ロビイングなどにより直接情報を伝えることの意味でもあります。
インセンティブ②:個人的インセンティブ(Personal Incentive)
個人的インセンティブとしては、有権者の支持(constituent support)や金銭的誘惑(financial inducement)が挙げられます。
選挙で選ばれる政治家にとっては、有権者の支持はクリティカルなリソースです。
さらに、選挙によって選ばれない意思決定者(例:官僚)にとっても、有権者の支持は自組織に対する将来の予算配分に影響を与えるため、重要であるとされています。
また、政治家は、選挙キャンペーンの資金が必要なため、金銭的誘惑に反応せざるを得ないと述べられています。
日本のような国では、官僚(非選挙の意思決定者)に対する金銭提供は厳しい規制がありますし、ビジネス倫理としても許容されていないと思いますが、国によっては官僚への賄賂が横行している国もあり、非選挙の意思決定者に対する金銭的誘惑も有効であることも容易に想像できます。
以上を踏まえ、この論文では、政治・公共政策戦略を①Information Strategy(情報戦略)、②Financial Incentive Strategy(金銭的誘引戦略)、③Constituency-building Strategy(支持基盤構築戦略)の3つに分類しています。
①Information Strategy(情報戦略)
公共政策に対するポジション選好に関する特定の情報を提供することであり、対象は直接の意思決定者になります。
一般的な公共政策戦略はここに分類されると思われます。
例えば、パブリックコメントへの意見提出は典型的な情報戦略と言えるでしょうし、リサーチやサーベイの結果を提供したり、専門家として有識者会議で発言したり、個別の面会で企業の要望を伝えることなども情報戦略に含まれます。
これらのアクションを個社でやる場合もあれば、業界団体として行うこともあり、前述の単独行動・共同行動の違いにつながります。
昨今のライドシェアの政策議論を例にとれば、規制改革推進会議におけるUber社の海外情報調査(個社)、モビリティプラットフォーム事業者協議会によるアンケート調査(需給動向調査)(団体)などは、情報戦略に分類されるものと思います。
②Financial Incentive Strategy(金銭的誘引戦略)
この戦略も意思決定者を直接の対象とします。
いわゆる政治献金などが典型例ですが、2024年5月現在、政治資金の透明化が国会で議論になっており、ダーティーなイメージが強いかもしれません。
しかしながら、日本の伝統的大企業が参加する経団連やその加盟企業の政治献金は一般的によく行われており、日本のビジネス慣行上、広く許容されている手法と理解することができます。
③Constituency-building Strategy(支持基盤構築戦略)
前の2つと異なり、この戦略は、個々の有権者や市民と共同し、支援を得ることで、間接的に政治的意思決定者へアプローチしようとする戦略です。
ボトムアップコミュニケーションの戦略であり、グラスルーツ(草の根)の動員やアドボカシー広告などがここに含まれます。
こういった活動は、企業の戦略としてより、例えば、環境問題や人権保護などの社会問題に対する社会活動家の戦略としての方がよく見られるかもしれません。
なお、Hillman & Hittは、3つの分類は排他的でなく、2つ以上の分類のまたがる戦略もありうるとしています。
戦略の選択にあたっての変数
①トランザクショナルアプローチの場合:イシューのライフサイクル
Ryan, Swanson, and Buchholzの"Corporate Strategy, Public Policy, and the Fortune 500: How America's Major Corporations Influence Government"によると、公共政策課題のライフサイクルは、(1)世論形成(Public Opinion Implementation)、(2)政策形成(Public Policy Formulation)、(3)政策実行(Public Policy Implementation)の3段階があるとされています。
また、David P. Baronの “Business and Its Environment: International Edition”においても、(1)イシューの特定(Issue identification)、(2)利害関係グループの形成(Interest group formation)、(3)立法(Legislation)、(4)行政機関による施行準備(運用指針等)(Administration)、(5)執行・施行(Enforcement)という、上記に近いライフサイクルが示されています。
Hillman & Hittは、世論形成〜政策形成までの間は、能動的な政治・公共政策戦略により影響を与えることが可能な段階であり、実行段階は、立法後の官僚内部によるプロセスであるため、戦略は能動的ではなく受動的になると述べています。
このうち、世論形成段階では、世論とのコミュニケーションが必要なため、Constituency-building Strategy(支持基盤構築戦略)が有効であり、具体的な政策の中身を検討する政策形成段階では、意思決定者に対して直接的に情報を伝えるInformation Strategy(情報戦略)が有効であろうとしています。
日本における補足
実行段階には能動的戦略が効果が薄いという議論には、少し注意が必要かと思います。
理屈的には行政機関の通達やガイドラインに法的拘束力はありませんが、日本においては、行政機関の通達やガイドラインが実質的な規制のように作用をしていることが多々あるため、行政機関の施行準備に対しても能動的に活動していく意味があると考えられます。
パブリックアフェアーズとの関係
最近、実務家界隈でよく聞く言葉として、”パブリックアフェアーズ”というものがあります。
厳密な定義はないと理解していますが、コンセプトとしては、一般的なロビイングが意思決定者との直接的かつ閉じたコミュニケーションであるとすると、よりオープンな形で意思決定者以外も含めた社会全体との対話を重視する姿勢と理解できます。
これは、ライフサイクルにおける世論形成やイシュー特定の段階の重要性が増してきたというのが背景にあるかもしれません。
世論形成やイシュー特定の段階では、意思決定者に対する直接的な情報戦略は効果が薄く、その前に、社会全体(=パブリック)とのコミュニケーションによる世論形成、イシューの特定が必要になります。
例えば、ライドシェアの議論は、2016年頃に一度盛り上がりましたが、このときは具体的な政策の議論にいたりませんでした。十分な世論形成、イシュー特定がなされなかったのではないかと推察します。
一方で、2023年頃から再び盛り上がってきたライドシェアの議論は、コロナ禍からのインバウンド回復による需要の増加、ドライバーの高齢化や2024年問題による供給の不足などにより、現実的に移動の足がなくて困っているという世論やイシューが明確になったことで、規制改革推進会議を中心とする政策形成へのステップへつながっていったと考えることができます。
②リレーショナルアプローチの場合:クレディビリティ(信頼性)の度合い
ロビイストにとっては、クレディビリティ(信頼性)がもっとも重要という研究結果があり、また、支持基盤構築戦略における草の根の動員活動などは、従業員やステークホルダーとの信頼関係が必要とされています。
したがって、クレディビリティ(信頼性)がある企業は意思決定者への直接アプローチである情報戦略や、ステークホルダーの協力が必要な支持基盤構築戦略を選択するだろうと整理されています。
③リレーショナルアプローチの場合:従業員基盤の度合い
従業員基盤が大きければ、支持基盤構築戦略のポテンシャルが大きくなるとされており、従業員基盤が大きい企業は支持基盤構築戦略をとるだろうとされています。
再びライドシェアの例を見ると、タクシー業界の労働者が参加する組合がライドシェアの危険性を歩行者に訴える活動を駅前で実施した例があります。
従業員をはじめとした動員可能なステークホルダーを多く抱える伝統的な業界は、このような草の根動員を効果的に実行できると思われます。
一方で、従業員基盤が比較的小さいITのような業界は、一般的には、このような草の根の動員活動を効果的に実行するのは難しいと考えられます。
(ただし、IT企業の場合、顧客基盤を活かした利用者の草の根動員の戦略はときに行われます。)
おわりに
今回は、Hillman & Hittの論文をもとに、政治・公共政策戦略の意思決定モデルについて整理しました。
理屈的すぎる話も多いですが、実務家が過去に成功した事例を新たな事例へ適用する際に、抽象化する思考を持つことは重要だと思います。
実際、リアクティブにいくのかプロアクティブにいくのか、個社として単独で活動するのか団体を中心とするのか、具体的にどのようなアクションを選択するのかなどは、意識的でなくとも実務家が日頃行っている意思決定のモデルに近いものと考えられ、これを抽象化・一般化したのがこの論文だと思います。
また、抽象化・一般化された概念があれば、経験・知見がない人も専門家の意見を鵜呑みにするのではなく、意味のある議論をできるようになるとも考えられます。専門的な知見がなくとも、本記事の内容をベースに基本的な方針を立てるのは可能でしょう。
例えば、自分がスタートアップの経営者であると仮定すると、
プロダクトは1つで、そのドメインの政策変更の影響が致命的になりうることから、ドメインフォーカスのリレーショナルアプローチを選択
財務リソースや公共政策の知見が限られるので、共同行動を前提とし、経済団体や業界団体に加入する
足元で政策イシューになっているものはないので、経済団体や業界団体で情報収集をしつつ、団体の活動をベースに意思決定者とのリレーション構築を行っていく
専任がいないので、経営者が自ら動いて説明する情報戦略を基本とする
このような内容を頭で思い浮かべたのちに、より精緻な戦略構築や実行支援をコンサルタントへ依頼するのがよいかもしれません。
今回も、あえて数十年前の抽象的な論文を取り上げることにしました。最近のホットな事例を紹介した方が読みやすいコンテンツになると思いますが、事例だけ読んでも経験がない限り、実行するのは困難だと思っています。
抽象化・一般化された概念があれば、経験がなくても一定の意思決定ができると思われますし、経験がある人が成功事例を他に適用する際の思考の枠組みとしても機能するものであり、本記事が何らか役に立てば幸いです。
参考文献