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経営戦略としての非市場戦略(4):エフェクチュエーションとパブリックアフェアーズ

今回は角度を変えて、新規事業などの文脈で最近話題になっているエフェクチュエーションのレンズで、ルールメイキング活動であるパブリック・アフェアーズ活動を考察してみたいと思います。

※パブリック・アフェアーズは多義的な用語ですが、本記事では、政策形成へアプローチする政策渉外活動を対象にします。


エフェクチュエーションについて

Saras Sarasvathyは、不確実性の高い状況下において、優れた起業家は因果論に基づく意思決定(いわゆるコーゼーション)とは異なる意思決定の手法を用いていることを明らかにし、これをエフェクチュエーションと名付けました。

エフェクチュエーションは5原則からなりますが、5原則を個別に見るよりは、定説的な意思決定のロジックであるコーゼーションと比較することで理解がしやすくなると思います。

本記事では、エフェクチュエーションの実証研究でよく用いられる、Brettelらの論文で示されたエフェクチュエーションとコーゼーションの対比を参考にパブリック・アフェアーズ活動の意思決定の原理を考察していきたいと思います。

エフェクチュエーションとコーゼーションの対比 
Malte Brettel, René Mauer, Andreas Engelen, Daniel Küpper, Corporate effectuation: Entrepreneurial action and its impact on R&D project performance, Journal of Business Venturing, Volume 27, Issue 2, 2012, Pages 167-184

①手段起点(means-driven) vs ゴール起点(goal-driven)

手段起点は、エフェクチュエーションの5原則のうち、「手中の鳥」の原則 (The Bird in Hand)に該当するものです。

ゴール起点のコーゼーションでは、まず目標を定め、必要なリソースを調達します。これに対して、手段起点のエフェクチュエーションでは、手元にあるリソース(能力、知識、人脈など)を起点に何ができるかを考えます。

パブリック・アフェアーズ活動においても、手段起点で行動すべき場面が多々あります。

非市場戦略を提唱したDavid P. Baronの「非市場課題のライフサイクル」に当てはめれば、イシュー特定の前の段階では不確実性が高く、真の意思決定者や意思決定に影響を与えるインフルエンサーを明確に特定できない場合も多いです。

このような場合、目標を明確に設定することは難しく、手持ちの手段から手探りでもアクションをしていく(手段起点)の方が望ましいと考えられます。実際、自分の手持ちのリソース(特に、自分のネットワーク(Who I know?))から、インサイトを得たり、より関係が深い人を紹介してもらったりすることで、アプローチを深めていくことも多いです。

一方、利害関係グループが形成される段階(例えば、政府の検討会が立ち上がり検討が進む段階)では、論点やステークホルダーも明確になっており、不確実性が減少し、より目標起点で行動することができるようになります。

非市場課題のライフサイクル

②許容可能な損失(affordable loss) vs 期待リターン(expected return)

投資判断にあたっては、期待リターンを最大化する意思決定を行うのが基本であり、これがコーゼーションにおける意思決定です。

一方で、エフェクチュエーションにおいては、期待リターンではなく、コミットできる許容可能な損失を前提に判断します。

パブリック・アフェアーズ活動においては、そもそも期待リターンを設定することは難しいと思います。

理論的には、活動が成功する確率と活動によって得られる収益(例えば、規制緩和で得られる追加的Profitなど)をもとに期待リターンを算出することはできるかもしれません。しかし、パブリック・アフェアーズ活動は外部要因に大きく左右されるため、精緻に算出することはほとんど不可能です。

また、パブリック・アフェアーズ活動によって制度改正が実現するだけでは意味がなく、対応するビジネス開発も必要です。このため、パブリック・アフェアーズ活動単体ではなく、ビジネスプラン全体で期待リターンを考えるのが普通だと思います(この意味でも、非市場戦略と市場戦略を統合した戦略が重要であると言えます。)

このように考えると、パブリック・アフェアーズ活動に対しては、期待リターンではなく、許容可能な損失で投資判断をしているのが実態と考えられます。

実務上は、例えば以下のように予算を設定しているかと思います。

  • パブリック・アフェアーズ活動を継続している場合に、前年度を基準に予算を設定

  • 新規にパブリック・アフェアーズ活動を行う場合に、活動に必要な経費(プログラム費用やエージェンシーフィーなど)を算出し、何らかの上限を設定した上で予算を設定

このような予算配分の決定は、期待リターンを基準に投資額を定めているわけではなく、一定の範囲内を許容可能な損失として判断しているものと理解できます。

経営目線では、どのような成果を得られるかわからないため、パブリック・アフェアーズ活動への投資を正当化できないという判断はあると思います。そのようなときは、期待リターンではなく許容可能な損失で判断することで、1年やってみて考えようなどの発想を持つことができます。

③パートナーシップ vs 競合分析

パートナーシップは、エフェクチュエーションの5原則の中のクレイジーキルト(Crazy-Quilt)に該当します(形や色などが異なる布を組み合わせて一枚の布を作り上げるイメージ)。

コーゼーションにおいては、競合分析と競争戦略を重視します。一方、エフェクチュエーションにおいては、競合や顧客も含めたステークホルダーをパートナーとして捉え、パートナーのコミットメントを引き出しながら、協働して未来を創り上げていくことを目指します。

パブリック・アフェアーズにおいては、特に、競合をパートナーとして位置づけることが重要です。

パブリック・アフェアーズ活動においては、一社が個別に提言するよりも、複数社の意見をまとめて提言する方が効果的なことも多いです。

典型的な例が業界団体からの政策提言です。業界団体に参加する企業は、(同業なので)自社からすると競合であることが多く、市場領域においては競争相手ですが、非市場環境においてはパートナーとなる存在です。

また、ステークホルダーには、政府なども含まれます。政府は、規制や税を構築し、企業に対して強制する権限を持ちます。企業からすると一定の緊張関係を持つべき対象ですが、政府をパートナーシップの相手と考えることできます

例えば、規制のサンドボックスのように官民共創でルールづくりを進める制度があり、官民のクレイジーキルトの試みであるとも言えます。

参考:「官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先」https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202407/202407j.pdf

④不測の事態を受け入れる vs 不測の事態を克服(回避)する

不測の事態を避けるのではなく、不測の事態に直面した場合は、これを機会と捉えて活用することで新たなチャンスを作り出していく思考です(酸っぱいレモンを掴まされたら、レモネードを作れという意味)。

パブリック・アフェアーズ活動においては、不測の事態をすべて回避することは不可能です。政策は、マクロ環境や政治情勢に左右されますし、民間からできることも限られています。

したがって、不測の事態の発生は当然であるという前提を持ち、いかに不測の事態を活用していくかというマインドが必要になります。

⑤コントロール vs 予測

Brettelの尺度では5番目はないのですが、エフェクチュエーションの5番目の「飛行中のパイロット」の原則 (Pilot-in-the-Plane)は、エフェクチュエーション全体の行動原則の根本を指しているとも言えます。

コーゼーションでは未来を可能な限り予測することで不確実性に対応しようとするのに対して、エフェクチュエーションでは未来は予測できないものであり、予測よりも自身がコントロールできることに重点を置くことで不確実性に対処しようとします。

前述のとおり、パブリック・アフェアーズ活動においては、イシューが形成される前の初期のフェーズでは、将来のシナリオを予測することは困難です。

一方、政策の論点が明確になってくれば、政策の着地点をある程度予測することも可能であり、予測を重視した行動原則にシフトすることもできます。

パブリック・アフェアーズ活動においても、初期の段階はエフェクチュエーション型のコントロールを重視した行動論理を用いつつ、徐々にコーゼーション型の予測を重視した行動論理にシフトしていくというのが有効だと思われます。

まとめ

以上、パブリック・アフェアーズ活動について、エフェクチュエーションとコーゼーションの対比から考察してきました。

実務上の示唆としては、以下のような点が考えられます。

  1. 手持ちの手段(知識、ネットワーク)を強化する

  2. 許容可能な損失でパブリック・アフェアーズの投資判断(予算設定)を行う

  3. 競合とのパートナーシップを考える

  4. イシューの段階に応じた意思決定・行動の方法を考える

あくまで自身の実務的な経験からの考察でしたが、優れた起業家が持つとされるエフェクチュエーションの行動原則は、パブリック・アフェアーズ活動においても妥当するのではないでしょうか。