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味覚で世界を知る。あたらしい味から広まる深まる世界

「さっちゃん、うどん食べれるようになったんやね」

鰹と昆布のお出汁の香りが漂う近所のおうどん屋さん。一時帰国の際、妹夫婦と3歳になったばかりのさっちゃんと訪れた

さっちゃんは、子ども用の器に入ったきつねうどんをペロリと平らげた。半年前は、うどんを一口も食べなかったから驚きである

うどんを、うまそうに食べるさっちゃんを見ながら、苦手だったタイ料理を克服できた瞬間を思い出していた

味覚の発達とその不思議

味覚はどうやって発達していくのだろうか?とふと頭に浮かんだ

さっそく、調べてみると、めんつゆのヤマキのホームページにたどり着いた。そこにはこんなことが書いてあった

味覚は口内や舌の表面にある「味蕾」という器官で感じ取っていて、その機能は生まれた時が最も敏感です。つまり、赤ちゃんは味に敏感ということです

その後味蕾の数は加齢と共に減少します。生後5~6カ月になり離乳食が始まると、赤ちゃんは離乳食を通じてさまざまな味を知っていきます。その際、味だけでなく舌ざわりや食感、見た目や匂い、温度など五感をフルに使って食べ物を感じ、おいしさを学んでいきます

食経験を重ねさまざまな味を知り、食べられる味が広がっていくことで味覚は発達していきます。味覚の発達のピークは3~4歳と考えられており、10歳頃までの味の記憶がその後の味覚の基礎になるともいわれています                  そのため、子どものうちにたくさんの味を経験し、味覚の幅を広げておくことが味覚の発達につながります

ヤマキ・カツオ節プラス

なるほど、味覚とはこうやって発達していくのか。きっとさっちゃんもこれからいろんなものを口にして、いろんな味を覚えていくのであろう

どんな味の冒険が待っているのか、叔父としてはたのしみである

料理に口をつけなかった初タイ旅行

わたしが生まれ育った実家は、食に関しては、かなり保守的であった

食の中心は和食、それも関西風の味つけで育ってきた。和食以外に口にしたといえば、マクドかピザ、ハンバーグ、カレーくらいではなかろうか

大学生になって、関東出身の友人宅で、生まれてはじめて納豆を食べた時は、あまりの異臭に鼻がもげそうだったのを今でも覚えている。中華料もコリアンも、イタリアンもフレンチも、大学生になってはじめて食べた

そんなわたしが、大学一回生の夏に、人生ではじめての海外旅行に行くことになる。友人にさそわれて、バンコクとホーチミンを訪れた

当時のわたしにっとて、タイ料理もベトナム料理は、異臭を放つ得体の知れないものであった

一緒に旅をした友人は、食に関して非常にオープンな奴であった。バンコクに着いたその日から、いろんなものに挑戦してゆく。屋台の麺類やぶっかけご飯を躊躇なく平らげる。話を聞くと幼い頃から、いろんな国の食事を口にしていたそうだ

一方、和食一辺倒で育ったわたしは、鼻につく独特の匂いと、摩訶不思議なテイストにとまどい、マクドへ緊急避難する日々だった

タイ料理がおいしいと感じた瞬間


タイ料理は好きではないけれど、タイの自由な雰囲気が気に入りその後も幾度か訪れた。もちろんご飯は、ファーストフードかコンビニのパンがメイン

そんなわたしにも、とうとうタイ料理がおいしいと感じる瞬間がやってきた

バンコクの中華街。その一角にある友人宅の軒先で私たちは、夕涼みをしていた

友人が姿を消したかと思うと、隣の屋台から何かを持ってやってきた。それは、バミーヘンという汁なし中華麺だった。日本でいう油そばといったところか

屋台のバミーヘン

味のついたオイルをからめたちぢれた中華麺の上に、魚のつみれともやし、チャーシューみたいなものが乗っかっている。

「ひとくち食べてみる?」

中華街のまぶしいネオンと涼しい夜風にだまされて、わたしは、その麺を口にした

中華麺は、まさにラーメンで、魚のつみれは、かまぼこみたい。パクチーの違和感はあるものの、これは、うまいと唸った

すぐさま、一杯のバミーヘンを注文し、あっという間にたいらげた。はじめて、タイ料理を完食した瞬間だった

なによりもうれしかったのは、一歩、タイに近づいた気がしたこと。友人がうれしそうにしていたことだ。 


不思議なことに、ひとつ食べることができると、またひとつ食べられるようになる。この旅で、わたしは味の経験値を増やした。以前なら敬遠していたものも、次第においしく感じてゆく

その後、チェンマイへの留学や、バンコクへの駐在生活を経験していくなかで、わたしの味覚はタイに染まっていった

今では、あれだけ苦手だったナンプラーやココナッツミルクはもちろんのこと、一癖も二癖もある発酵食品にさえ旨さを感じる

魚を発酵させたプララー、エビの塩辛であるガピ、唐辛子や魚介類で作られるナムプリック、それらのウマミの虜になっている


いろんな味の体験が世界をひらく


タイのいろんなモノが食べられるようになると、見える世界も少しづつ変わっていった

まず、行動範囲がひろくなる。今まで行かなかった地方都市や片田舎にまで行っても食事の心配はない。そしてそこでまた、新たな味に出会える

そして何よりも、タイ人も心をひらいてくれる。食事に誘われる機会が増えてゆき、過ごす時間もながくなり、距離もぐっと近くなる

同じ釜のメシを食う

同じごはんを食べ、時間を共有していると、脳内ホルモンのオキシトシンが分泌される。このホルモンは他者に対する不安や猜疑心を抑制し、信頼感を深めてくれる役割がある、と後日、知ったときは深く頷いた

同じ食事・同じ素材を食べていれば、身体も脳も同じ成分に近づいていき、自然と思考が近くなり、コミュニティに入っていきやすくなるのかもしれない

味の経験値をふやし、味覚を発達されることは、世界を広く、深く知るきっかけとなる


帰り際、さっちゃんに、ココナッツ風味のお菓子を渡してみたが、激しく拒否をされてしまった。まあ、仕方あるまい

さっちゃんはこれから、食経験を重ねさまざまな味を知り、世界がひろがってゆくのだろう。一方、大人になった私の味覚も、まだまだ進化していく

これから先、どんなあたらしい味や世界に遭遇するのだろうか?たのしみである


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