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旅の記:2023年10月のツアー⑪久保田城・彌高神社(秋田県秋田市)

【旅の記:2023年10月のツアー⑪久保田城】

久保田城は慶長7年(1602年)に出羽国に入封した佐竹氏20万石の居城です。城のある神明山には安東氏(秋田氏)の配下である三浦氏の所在地で、山の名前の由来となる神明宮を奉っていた。慶長2年(1602年)秋田氏が常陸国宍戸に転封となると代わって常陸から佐竹氏が入封した。関ケ原の戦いで、藩主・佐竹義宣が旗幟を鮮明にせず、在国のまま傍観し、徳川家康としては背後の脅威であったことへの懲罰的国替えであった。義宣は秋田市の居城であった湊城に入るが、手狭で防衛にも向かないということで慶長8年(1603年)神明山に新城の築城を開始した。同時に城下町と主要道路の整備を行う。慶長9年(1604年)に本丸を竣工し、湊城を破却して、窪田城を本城と定めた。城が完成したのは寛永8年(1631年)頃とされる。幕府に遠慮してか、天守閣は築かれなかった。寛永10年(1633年)に本丸を全焼する火事が起こる。寛永10年(1633年)~正保2年(1645年)にかけて「窪田城」から「久保田城」へ改称された。その後も、幾度かの火事に見舞われている。城下町は元禄12年(1699年)の町割りから幕末まで大きな変化はなかった。石高に関しては、転封時は明示されておらず、2代藩主義隆の時代の後期である寛文4年(1664年)に20万5800石と決定された(実高40万石)。
幕末、国学の第一人者である平田篤胤の誕生地でもあったこともあり、若い藩士を中心として勤皇思想が広まっていた。慶応4年(1868年)鳥羽・伏見の戦いの直後には新政府の要請にこたえ周辺の藩と連合軍を結成し、庄内藩に攻め込んだ。しかし、これは薩摩藩の私怨ではないかと疑う藩士も多く、士気は振るわなかったため、反撃を受けるとなし崩し的に解散となった。その後、一度は仙台藩の呼びかけに答えて奥羽越列藩同盟へは参加するが、奥羽鎮撫隊が久保田藩に集結する事態となり、城内では勤皇派と同盟派が激しく争った。最終的に藩主・佐竹義堯が若手勤皇派の意見を容れる決断をして同盟離脱の上、同盟派の家老らを更迭、仙台藩の使節を殺害して、首をさらした。
これにより奥羽列藩との戦争に突入、庄内藩・盛岡藩からの攻撃を受けることになる。庄内藩は戊辰戦争無敗とも言われる最強の軍(オランダ人スネルの仲介で大量の武器を入手していた)で久保田城下12㎞まで迫ったが、仙台藩・米沢藩の降伏を受けて撤退したために、城下は戦火を免れた。また家老・楢山佐渡に率いられた盛岡藩兵とも苦戦を強いられるが、最新の大砲・アームストロング砲擁し、西洋式訓練を受けた佐賀軍の到着により、盛り返し、盛岡藩も奥羽列藩同盟の瓦解を受けて、降伏した。
この戊辰戦争で領地の2/3に及ぶ範囲が戦火にさらされた上に、西国からの援軍の賄を含めた戦費がかさみ、藩財政は苦しくなった。新政府からの恩賞も少額だったため、貨幣鋳造でその場しのぎを図ったが、明治2年(1869年)には各藩独自の藩札発行・貨幣鋳造が禁止されてしまった。この禁令の後も久保田藩は密鋳を続けていたとして、元勘定奉行らが大量処罰された。さんざんな目に遭った久保田藩、廃藩置県直前には旧藩主・義堯が「戊辰の功殆んど泡影に属し候様に立ち至り候」と嘆いたという。。
明治2年(1869年)版籍奉還。城地は兵部省の管轄となる。明治4年(1871年)3月に久保田藩を秋田藩に改称、久保田城下も秋田町となった。同年8月に廃藩置県、翌年本丸に秋田県庁が開庁された。明治13年(1880年)大火により城内の建物が全焼。明治23年(1890年)陸軍省から佐竹氏に城跡が払い下げられると、公園が整備をして千秋公園となった。昭和59年(1894年)佐竹氏から公園用地が秋田市へ寄贈された。

いざ
内堀。石垣がないのは幕府に遠慮したため、という話も。
松下門跡
二の丸
裏門跡
本丸跡
最後の藩主・佐竹義堯の銅像
八幡秋田神社。佐竹義宣をはじめ、歴代の藩主を祀る。
埋門跡
多門長屋跡
隅櫓。もとは2階建てだったそうですが、展望台を加え3層4階建てになっています、が写真分かりにくいですよね。。
久保田城全様
展望台より
平成11年(1999年)に再建された表門。本丸の正門で一ノ門とも呼ばれる。
長坂門跡
彌高神社
拝殿は安永7年(1778年)の建立。本殿は非公開で文政2年(1819年)の建立だそうです。

彌高神社(いやたかじんじゃ)は秋田出身の国学者・平田篤胤と経世家・佐藤信淵を祀る神社。明治14年(1881年)に南秋田軍寺内村に平田神社を創建。多くの平田門人が社殿の建設にかかわった。明治42年(1909年)に久保田城内の正八幡社を購入、修繕し、佐藤信淵を合祀して彌高神社と改称。大正5年(1916年)に現在の地へ移築された。




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