山を越える
徒然なるままに
25歳を超えたと思ったら30が近づいてきた。26歳の私を振り返ると僅かな人生の中で最も、最も苦しかった。
私の甥っ子より私の方が泣いたと言っても過言ではない。26歳になるため、生き延びる為、私の幼馴染は1億近いお金を私に投じた。そのお金を回収できるように一生懸命働いてみると、私の人生はいったいなんなんだろうと虚しさが私を支配した。稼ぐことで、自己肯定感を埋めていた私を多くの人が哀れな目で見て離れて行く。
仕事を休まないだけで怒られたりもしてた。
それが愛とわかっていても、私の好きな人のタイプに仕事を休めと言わない人が加わったことは間違いない。
そんな私が27歳になった。
私は連勤をやめ、頼れる人に頼り始める。絶対にしない!と言ってた一人暮らしを始めて土日休む。
一山越えたから、と。言いたいが私はこれからまた山を登るのだ。でも次は生きるためにでもなく、自分のためにでもない。マクドナルドを食べ、白雪姫の夢を見るため。己のためじゃねーか!と思われるかもしれない。
思われてもいい、いや、もはや、思ってくれ。
でも、それはセブンとミニストップのように違うのだよ。メンヘラだから罪悪感に病む時もあるでしょう、未来に心折れる時もあるでしょう。
またそれも人生。いやはや、それも人生。生まれてきたかったわけではないけど産んでくれてありがとう、毎年そういうけど、今年は生まれてきて良かった、産んでくれてありがとうparents。
くわばらくわばら