かさぶたカサカサ1年生(3)拝啓、第一志望ではなかった小学校の門をくぐる1年前の厚子へ
ハロー厚子、元気にしてる?
私も厚子、366日後の未来からあんたに手紙を書いているよ。鳩居堂のお高い便せんと封筒を使っていると思いきや、令和を代表する文明の利器ことnoteを活用しているよ。(せめてNotionとか使え)
あんたは今頃、散りかけた桜の下でぼっちゃんの制服姿をスマホで雑に撮影している頃じゃないかな。
無気力すぎてフォトスタジオの予約も何もかも忘れているうちに桜が散り始めちゃって、X(twitter)のお友達からイケてるセルフフォトの撮り方を教えてもらって、慌てて早起きしたんだよね。1年前の私、相変わらずだらしない女だな。
どうして晴れやかな入学式を目前に控え、あんたが死んだ魚の目になっているか、私はちゃんと覚えているよ。
あんたたち家族は「どうしてもこの学校に入学したい!」って願って願って願いまくってやまなかった熱望校にあっさり落ちて、併願先だった学校に進学を決めたからだよね。
「受験する学校は全てが本命校」
「迷うくらいならそもそも受験するな」
「どこに受かっても悔いのない学校だけを受験するべき」
SNS上で何度も繰り返し目にする主張だし、その姿勢や考え方が必要な理由も意味も理解している。言っていることになんら反論はない。
けれど、それでもやっぱり、第一志望校っていうのは正論を吹き飛ばしてしまほどに、大きくて重い、ある種呪いや業(ごう)のようなものなんだよね。
そもそも、かさぶた家が小学校受験という未知の世界に飛び込んだ1番の理由も第一志望校がきっかけだったもんね。
カリキュラムや対策のすべてをこの学校を中心に組んで、学校別や季節講習のコースもこの学校一本。併願先も類似校で固めて、素人ながら盤石の体制をとったつもりだったし、あんたなんて正社員まで辞めて、持てる時間のすべてをお受験に賭したよね。
そうでもしないと合格はおろか考査会場にもたどり着くことができない、我が家にとっては完璧に背伸びをした果てのない旅だった。
少しでも取り組みを緩めたり妥協したら、落ちた時にそれを言い訳にしてしまうんじゃないか。そんな焦燥感にかられて、最後の半年はまさに持てる時間と金と力をすべて使って、鬼のようにぼっちゃんを追い込んだよね。
男子は夏に伸びる、直前まで伸びる。
そんなド定番の励ましを耳にしながら、ぼっちゃんはいつ伸びるんだろう、いつ仕上がるんだろう。待っている間に東京の考査が終わっていたよ。結局お受験中にやつのピークは来なかったよ。(いまだに伸びしろしかないね!)
「こんなに時間もお金もかけて、仕事も変えて…これで落ちたらマジどうすんの?」
って想像するだけで怖くて仕方なかったけれど、その一方で「あの時やっぱりああしておけば、こうしておけば」という取り返しのつかない後悔だけは絶対したくなくて、無心になって、退路を断って臨んだ第一志望校の考査だった。
駅前のフレッシュネスバーガーでミライコンパスの灰色に染まる画面を見た瞬間、踏切の音が鳴り、目の前を走る線路に私鉄列車が滑り込んできたことを知らせた。
いくばくかの時が立ち、乗客を乗せた電車はとっくのとうに走り去ったはずのに、厚子の耳の中で踏切の音が止まることはなかった。
カンカンカンカン鼓膜を揺らす音、季節外れの甘酸っぱいレモネードの味、スマホの画面に浮かぶ不合格の文字。その全てを昨日のことのように覚えているわ。
前職の頃から通いなれた取引先のある駅。何度も立ち寄っては急ぎの仕事をこなした、あの私鉄沿線の踏切を覗くフレッシュネスバーガーは、この世の地獄の入り口だった。
その駅には今も定期的に通っているけれど、あの日以来、あんたはあのフレッシュネスで1度もレモネードをオーダーできていないよ。
SNSの世界で、同期達が「どんなスーツを着よう」「ブローチは何を選ぼう」「入学式の天気はどうかな」なんて話題で盛り上がっている中で、あんたは毎日のように
「入学式でちゃんと笑えるかな、ぼっちゃんに心からおめでとうって言えるかな」
そんなことばかり考えていたよね。基本的に根暗だよね。
そんな根暗なあんたに、366日後の私から伝えたいメッセージがあるよ。
入学式、マジで萌え
まずな、件の入学式。結論から言うとめっちゃいい。何がイイかって詳細は省くけど、とにかくぼっちゃんの制服姿が劇的にかわいい、もう天才。かわいいの天才。
同級生のお友達も全員かわいい、かわいいのとかわいいのが大量に集まるから破壊力無限大。
ちっちゃいのがピカピカの制服に包まれてわちゃわちゃするさまは、映画ミニオンズのミニオンの集団みたいなの。国民総ミニオン、もしくはちいかわ、国民総ちいかわ。かわいいの天国、かわいいは作れる。
こんなかわいい制服姿のぼっちゃんをこれから6年間毎朝拝めるなんて、前世でどんだけ徳を積んだの?!って毎日神に感謝するようになるから。そのくらい新小学校1年生かわいいが過ぎる。
しかもね、登下校での道上。地元のおじちゃんおばちゃんがすれ違うたびに「かわいい!」「素敵!」「立派なお兄さん!」なんて褒めぎってくれる。
ぼっちゃんも「え…ぼっちゃんってやっぱりかわいいの?!」て自分のポテンシャルに気付き始めた出たての港区女子みたいになってたわ。
なんなら登下校の道すがらすれ違う他校の知らん子さえもかわいくて、日々悶絶するのが日課になっていくから。
この時期厚子は、ランドセルに黄色いワッペンをぶら下げた日本中の1年生箱推しモードに突入しておったし「通学路で危険なことがあったら…おばちゃんが全員を守る!!!!」ってひとり自発的に緑のおばちゃんになってたらかね、マジでやばい中年だよね。
これだけでまず最初の2週間は乗り越えられるから、とりあえずは安心してくれ。
うちの子、マジで問題児
それからしばらくすると、ぼっちゃんが巻き起こす奇々怪々なトラブルや事件が常となって、対処と謝罪に追われてげっそりしている間に季節が2つくらい過ぎ去っていくよ。
「ぼっちゃんやらかし事件簿BEST4」でまとめた内容は、我が家単体の自損事故だからまだ笑ってネタにできたけど、公共の電波に乗せてはいけないような事件がその何倍も起きるし、その度にお母さんのメンタルは削られていくよ。
「ぼっちゃんを連れて東北の公立小に転校したい…」って赤パンに泣きついたのも一度じゃ二度じゃないから。お受験は終わったはずなのに大根抜きたくなっているの冷静に考えておかしいよね!
赤パンも一瞬悩んでいたけど
「ぼっちゃんさ、この前の小テスト8点中2点だったやん?厚子さんが『8点満点のテストで2点だけ取る方が逆に難しいわ!』ってキレ散らかしていた(*実話です)あのテスト。2点だよ?そりゃぁ問題も起こして当然だよね。だって2点の男だもん。うちの子、推しの子ならぬアホの子。ぶふっ。」
って自分で口にした、つまんないし語呂も一切合っていないボケに本気で噴き出していたよ。
アホの子のお父さんは偏差値教育と受験戦争が生みだした平成の悲しきモンスターだね。
それから問題は何も解決しないままに季節は過ぎるけれど、結果的に当時の苦々しい記憶を思い出す暇なんてまるでなかったよ。良かったね。
志望校に合格したお子さんの背筋が凍る話
偶然にも、我が家の第一志望校に通っている同い年男子の話を聞く機会に恵まれたよ(あえて聞きに行っちゃうあたりがガチめのドMだよね!)
第一志望校で起きている(らしい)あれやこれやの問題や事件が、わが校では日常茶飯事の出来事だったの。マジ震える。
万が一うっかりラッキーで入学できちゃってたら、我が家半年もせずに退学してたんじゃねぇのかってレベルの格差がそこにあったよね。よくても厚子が登校拒否になってたわって程、わが校とは寛容度のレベルが違ったの。
もちろん事前の学校研究やOB訪問でそれなりに情報は集めていたつもりだったけれど、受験生の立場として得られる情報はやはりよそ行きのそれであったし、1年生になった現在進行形のぼっちゃんの具合を見たことでより一層、いかにうちの子が第一志望校(の環境)に適していなかったか痛感した。
当時は「我が家を落とすとかマジ頭くるってんじゃない?」って結構ガチめに思ってたけど、今ならわかる、あの学校見る目がありすぎる。
このあたりから「落ちてよかったのかも」ってちょっとづつ思えるようになっていき、ついに運命の冬の面談を迎えることになるよ。
ぼっちゃんは人類皆兄弟派
定期的に行われる担任の先生との保護者面談。
かさぶた家は、面談時間30分中25分はぼっちゃんが学校で起こしたトラブルの顛末を聞き、残り5分でひたすら頭を下げ続けるという流れがデフォルトになっていた。
その日もやっぱり最初の15分はぼっちゃんの奇行・犯行・オブジェクションのお披露目でいい加減げんなりしていたんだけど、最後に先生がとある授業でのひとコマを話してくれたんだわ。
何かの授業で児童に対して行われたアンケート。
「仲の良いお友達は誰ですか?」という質問に対し、ぼっちゃんが
「先生、僕はクラスの皆と仲良しなんだけど、全員の名前を書いていい?」
と申し出たそうだ。
「全員の名前を書きたいと言ってくれたのは、ぼっちゃん君ひとりでした。」
先生からこのお話を聞いて、あんたはこの時初めて心の底からこの学校に入学できてよかったと思うんだよね。
アホの子のお父さんもちょっと照れくさそうにはにかんだ顔をしていたから、きっとあんたと同じ気持ちになっていたと思うよ。
学校が大好きで、学級閉鎖になった時は 「早くみんなに会いたいなー」と繰り返していたぼっちゃん。
自分がインフルエンザになったら、学校に行きたいと号泣したぼっちゃん。
夏休み明け「やっとクラスの全員とお友達になれたよ」って満足気に報告してくれて、仲良しのお友達は「クラスの全員」と答えるぼっちゃん。
この学校こそが、ぼっちゃんにとって最良の学び舎になったし、学校をそんな居場所にしてくれたのは、ぼっちゃんの愛する同級生&上級生のお兄さんお姉さん。そんな児童を支えてくれるご家族と教職員の皆さま。長きにわたり学校を存続させてくれたOBOGを始めとる学校に関わる全ての人々のおかげだった。
そして、齢7歳にして、自らの力で自分の居場所を作ってくれたぼっちゃんによって、愚かな母は、8か月越しの「おめでとう」を心の底から言葉にできたのである。
いまだに第一志望校の制服を着たお子さんを見ると胸がチクッとするし、志望校やお教室の最寄り駅を通るたびに横隔膜の裏側あたりがぎゅーんって震える。これは事実。
でも、これはもう高血圧だとか老眼だとか、そういった類の慢性的な生活習慣病だと思って付き合っていくものだと腹をくくった。
小学校生活残り5年、きっと今以上にたくさんの問題や事件が待っているし、それこそぼっちゃんの成長につれて抱える悩みも変化していくはず。
でも、何があっても、どんなことが起きても
あの冬の面談の日を思い出したら乗り越えていけると今の厚子は確信しておるよ。
「ぼっちゃんがこの学校に入学できてよかった」
そう思ったまま卒業の日を迎えられるよう厚子は頑張っていくから、1年前のあんたも、とりあえず1年間は踏ん張ってみて。大丈夫、きっと大丈夫だから。
1年前のぼっちゃん、赤パン、そして厚子。これから最高の毎日が待っているよ。小学校入学、本当におめでとう!
かしこ 厚子
【完】
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