どうして「〇〇大学を出たのに役に立たない」という話がなくならないのか
さて,表題のような疑問を抱く人がいるかもしれません。その理由というのは,「必ず役に立たないと評価される人が存在するから」であり「全員が役に立つと判断されることなどないから」でしょうね。
今回はこんな問題について考えてみましょう。
広く薄く予測する
これは知能でもパーソナリティでもなんでもいいのですが,世の中で「役に立つ」とされるものは,将来を「広く薄く」予測します。
どういうことかというと,これまでの研究結果によれば,知能検査の結果が良い人というのは,学校の成績が良くなり,学校段階の高いところまで進学し,収入の多い職業につき,比較的健康で,幸福感も高く,長生きしやすいのです。
そう,「しやすい」のであって,「絶対にそうなる」わけではありません。そして,研究結果で報告される影響力の大きさも「微々たるもの」です(相関係数で0.2とか,下手すると0.1とか)。でも,とても広い範囲にわたって影響をするのです。まるで,ほんの少しだけ下駄を履かせるみたいに。
これが,社会的に望ましいとされるさまざまな特性(知能や性格や学力など)が意味することです。
狭く深く予測する
一方で,特定の範囲の技能は,その範囲内の成果をとてもうまく予測します。「因子分析の統計処理手法をマスターしました」という人は,目の前に出されたデータについて因子分析をすることには長けています。でもその人が,クラスター分析やコレスポンデンス分析をうまくできるとは限りません。
このように,特定の範囲の技能はその範囲の課題をうまくこなすことにはとても大きく影響して予測力も高いのですが,その範囲を少し外れるとうまくいくとは限らなくなってしまいます。「大きな予測力は狭い範囲で発生する」のです。
帯域幅と忠実度のジレンマ
こういった問題のことを,心理学者(心理統計学者)のクロンバックやミールは,帯域幅と忠実度のジレンマ(bandwidth-fidelity dilemma)と呼びます。「トレードオフ」(bandwidth-fidelity trade-off)と呼ばれることもあります。まさにこれは,「広い範囲を予測するものは予測力が小さくなり」「予測力を高めようとすると狭い範囲しか予測できない」というトレードオフを表す言葉なのです。
心理尺度を作るときなどに,この言葉はよく登場します。尺度の信頼性(内的整合性)を高めようとすると,妥当性が損なわれてしまう(測定でカバーする概念の範囲が狭くなるので)という現象を指す言葉です。
大学も同じ
さて,学歴も同じです。大学を出るというのは,それ自体が何か特別な狭い範囲の能力を持つというよりも,社会のなかの広い範囲においてさまざまな能力を「広く・薄く」発揮することを意味します。
一方で専門学校や医学部など,特定の職業をめざす教育は,「狭く・深く」をめざします。ただし,医学部を出たといっても専門は多数ありますので,「医学部を出ただけではまだ広く・薄くにすぎない」という意見もありそうですが。
というわけで,大学を出るというのはあくまでも「広く・薄く」多くのことに影響することを指すのですから,そこから外れるケースも珍しくありません。従って,「必ず役に立たないと評価される人が存在」し,「全員が役に立つと判断されることなどない」ということへとつながっていくわけです。
さらに大学院に進学し,修士課程から博士課程へと進学していくと,どんどん「狭く・深く」という方向性に進んでいきます。こうなると「役に立たない」というよりも,「使い方次第」なのだと思うのですけどね。
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