劣化したコピー
治療薬や治療行為の効果を検証することを考えてみましょう。たとえば,風邪をひいたときに薬を飲みます。風邪ですので,放っておいてもたいていは治っていきます。そのようなとき,薬の効果はどのように示されるでしょうか。放っておいて治るよりも,どれくらい早く治すことができるか,ですよね。
もっと重大な病気の治療のことを考えてみましょう。放っておくと死に至ってしまうような病気です。この場合,その治療をすることで,できれば死を免れることができれば最高です。しかし,単に「5か月後に死に至るのを6か月まで延ばす」治療であるかもしれません。ときにはこれでも「効果がある治療」とされることがあります。
代わりのエンドポイント
本当であれば病気が治る,死を免れる,がんが消滅する,せめて小さくなる……というのが本当の効果として示されるのが望ましいでしょうね(そういうことがしっかりを示されている治療であれば,多くの人がぜひ受けたいと思うはずです)。
こういう「結果」のことを「エンドポイント」と言うそうなのですが,こういった「真のエンドポイント」の代わりとなるようなエンドポイントが設定されることも,医学の世界ではよくあるようです。これを代理エンドポイントと言います(他にも代用エンドポイントとか複数の表現があるようです。英語だとsurrogate endopointです)。
悪いがん治療
以前『悪いがん治療』という本を読んでいたときにも,この代理エンドポイントの問題が強調されていました。
本の中では,次のようにかかれています。がんの治療について理解しようとするときには,考えておかなければいけないポイントなのだそうです。
がんの医学を理解するためには,治療の効果を測るために使われる代理エンドポイントをよく理解していなければならない。代理エンドポイントとは何か?代理エンドポイントは,中間の,代わりになる,エンドポイントだ。
なぜ使われるのか
どうして代理エンドポイントが用いられるのでしょうか。この本の中では,続いて次のようにかかれていました。
代理エンドポイントは,余命を延ばすとか生活の質を改善するといった臨床的エンドポイント,すなわち患者中心エンドポイントを反映し,より早くまたはより簡便に計測できることを狙って使われる。代理エンドポイントの魅力はその点にある。臨床的エンドポイントは,本質的に患者にとって意味があるもので,代理エンドポイントは臨床的エンドポイントの近似値にすぎない。
代理エンドポイントが使われるのは,研究者が「楽に・簡単に・素速く」測定して,効果を検証することができるからです。
でも,これを用いる際の問題も多いようです。こちらの記事にも書かれていました。『知らないと騙される!臨床試験の「闇が深い」エンドポイント 8 選』
知らなかったこと
先ほどの本の中では,「代理エンドポイントとは,患者が医師に言われるまで大事だとは知らなかったもののことだ」とも書かれています。
たとえば血圧です。年齢を重ねると,健康診断で気になる数字のひとつです。血圧は心臓疾患や脳血管疾患などさまざまな病気と関連します。でも……血圧が高いだけでは,何も本人には自覚がありません。体調がとくに悪いとも思いませんし,「この数字がこうなると悪くなっているのだ」と言われるから,数字を気にするのです。
このように,言われると数字が悪くなっていることが気になって,「数字を改善するために薬を飲もう。病気ではないけれど」という数字が,代理エンドポイントのひとつのようです。もちろん,意味がない数字だというわけではありません。さまざまな効果の検証をする際に,測りやすいけれども本当に本質を表している指標なのかどうか,ということはよく考える必要があるということなのだろうと思います。
心理学でも
この本を読んで思ったのですが,「心理学って代理エンドポイントだらけ」ではないでしょうか。本当は通院記録とか生理指標とか医師の診断とかを尋ねた方が「真のエンドポイント」なのに,アンケートで「主観的健康観」を測定したりするのです。
もちろん,その主観的健康観の質問項目を作成するときには,実際の通院記録や医師の診断と照らし合わせて,関連があるものを残して作成する……はずです(それが妥当性の検証というものですから)。でも,あくまでも真のエンドポイントの「劣化したコピーにすぎない」という自覚はもっておいたほうがいいな,と思ったのでした。
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