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遺伝率が上昇するのは社会が平等になった結果

こんなことを考えてみてはどうでしょうか。

◎現在,小学6年生の自尊感情の遺伝率は約50%である
◎来年度から,全国一斉に小学校で「自尊感情向上プログラム」を実施することになった
◎このプログラムが実施されて10年間,十分に全国で子どもたちの自尊感情を高める実践が蓄積されていった。日本中,同じプログラムが浸透し,子どもたちの自尊感情向上が試みられていった。
◎ふたたび小学6年生における自尊感情の遺伝率を,ふたごの研究で確かめた

さて,このような状況の時,子どもたちの自尊感情の遺伝率は,どのようになるでしょうか。

(A)遺伝率は上昇する
(B)遺伝率は変わらない
(C)遺伝率は下降する

想像して答えてみてください。

遺伝と環境

身長でも体重でも学力でも,心理学的な特性でも,遺伝率の推定はふたごを研究対象としたデータを分析することで行われます。

ふたごには一卵性双生児と二卵性双生児がいます。一卵性のふたごのきょうだいは遺伝の重なりが100%,二卵性のきょうだいは遺伝の重なりが50%です。この違いを利用しながら,さまざまな特性の遺伝率を推定していきます。

また,遺伝率の推定の際には,次のような要因を考えます。

◎相加的遺伝:個々の遺伝子が加算的に影響。特定の遺伝子をもつほど,その特性が上昇(下降)
◎非相可的遺伝:遺伝子どうしの相互作用効果。ある遺伝子のセットをもつときにその特性に大きく影響
◎共有環境:ふたごを類似させる方向に作用する環境要因。主に家庭環境とされる
◎非共有環境:ふたごを類似させない方向に作用する環境要因。主に家庭以外の環境とされる

ばらつきを説明

ふたごを使った遺伝と環境の影響の推定では,人々のあいだにみられる「ばらつき」を何で説明するかを考えていきます。

自尊感情の得点を測定すると,個々人のあいだには大きなばらつきがあり,平均近くには多くの人々が,そして極端に高い人も極端に低い人も少なくなるような得点の分布を描きます。この「個人差」を,遺伝と環境で分解していくイメージです。

もしも自尊感情が遺伝だけから影響を受けるのであれば,ひとびとのあいだにみられる自尊感情のちがいは,すべて遺伝で決定されるということになりますし,非共有環境だけから影響を受けるのであれば,自尊感情に見られる違いはすべて家庭環境でもたらされると考えるわけです。

両方影響

実際には,どのような心理特性も,身長も体重も足の速さも,遺伝だけから影響を受けるわけではありませんし,環境だけから影響を受けるわけでもありません。人間のある特徴を取り出せば,大部分は遺伝の影響も環境の影響も受けています。もちろん,血液型のように遺伝だけで決定される要因はありますけれども。

自尊感情については,遺伝も環境も影響します。ただ,どうも環境とは言っても,共有環境の影響力はほとんどなさそうです。

相対的な影響

ふたごの研究から遺伝と環境の影響力を推定するやり方は,個人差への影響力を分解します。すると,もしも人々に同じ環境を与えたときには,そこで生じる個人差を説明する要因は「遺伝」だということになります。

ということは,冒頭のように,もしも日本国中に自尊感情向上プログラムが普及し,加えてそのプログラムに効果があり,日本中の子どもたちの自尊感情がよく育成され,さらにそれにもかかわらずそこに子どもたちの自尊感情の「個人差」が存在するとなると……

その個人差をもたらす大きな要因は,「遺伝」ということになるというわけです。ですので,正解は(A)です。

競馬

競馬を思い浮かべてみるのはどうでしょうか。

どの馬も,生まれてから速く走ることができるようにトレーニングを受けます。当然,トレーニング内容の差はあるでしょうね。しかし,自然のなかで生まれ育つ馬たちに比べれば,環境の差はあまり大きいとは思えません。

すると,競馬のレースの結果には遺伝が大きな影響を及ぼすことになります。レースの結果の「個体差」を説明する要因として,環境の差が小さいので,相対的に遺伝の影響が大きくなるのです。ですから,多くの人が馬の血統を気にするようになるということではないでしょうか。

豊かな社会になれば

人間の社会における環境の違いも同じです。

貧富の差が極端に大きい社会では,子どもたちが育つ環境の差もとても大きくなります。すると,知能でも学力でも心理特性でも,その個人差をもたらす環境の影響力は「大きく」なります。

一方で,社会が豊かになり,どの子どもたちも同じような豊かな環境のなかで育つようになってくると,知能も学力も心理学的な個人差特性でも,そこで生じる個人差を説明する環境の影響力は「小さく」なり,遺伝の影響力が相対的に「大きく」なっていきます。

ある心理特性を研究したときに,遺伝の影響力が高く推定されることは,社会のなかで子どもたちを取り巻く環境に大きな差がなくなり,より平等な社会が実現したことの表れであるかもしれないのです。

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