コメディ
昔、テレビで偶然にやっていた映画。
たまたま過去の記録を見ていたら、こんな写真が残っていたので調べてみたら「大日本殺し屋伝」という花登筺原作のコメディだった。
逆光で画面が暗く写ってしまっているが若き日の宍戸錠と大村崑である。
今の人には「誰?」なのかも知れない。
花登筺といえば「細腕繁盛記」や「あかんたれ」などの原作者で、一世を風靡した小説家であり脚本家でもある。
昭和40年代や50年代には大阪の商家を舞台にした根性ものとかが人気で、「どてらい男」とかもそうだったと思う。
両親は結構そういうのが好きで見ていたのだけど、まだ子供だったぼくには何が面白いのかさっぱり分からず、これらのテーマが流れる度に退屈なドラマが始まるのだと憂鬱になったものだ。
脚本家で弟子とか孫弟子とかピンと来ないのだけど、直弟子は花紀京だという。
孫弟子がレッツゴーじゅんやチャーリー浜、間寛平。
寛平ちゃんの弟子ということで、曾孫弟子までいるらしい。
もうここら辺の名前も分からないという人が増えているのかな。
上方喜劇というカテゴリーの立役者という事だが、ぼくの世代では既に喜劇の時代の記憶はほとんどないのではないだろうか。
この映画を見る限りドタバタ・ハチャメチャの喜劇で、「エースのジョー」という殺し屋から命を狙われる4人のやくざの幹部が、自分たちの護衛となる殺し屋を殺し屋プロダクションに発注。
ジョーは、そのまま宍戸錠で、大村崑は、その殺し屋に応募するソロバンを使って殺しをする「センバの崑吉」
他にもバットに仕込み銃という「ONのカネ(平凡太郎 )」とか水爆パンチを繰り出す「キラー紳士ちび (白木みのる)」とか、もうカオスである。
映画が黄金期だったのが、昭和20年代から30年代にかけてだった。
各家庭にテレビが行き渡るようになると映画は斜陽となるのだけど、この手の喜劇映画は今のバラエティーのようなジャンルのものだったのだろう。映画だからと妙に気取ったものとは違って、大量生産の時代だったとも聞く。
まあこのあたりはラノベやマンガを若いアイドルを使ってホイホイ映画化する現在とあまり変わらない。
ちょっと毒吐きだが、そんな映画の作り方をしているものだから、たまにテレビで見たことも聞いたこともないような若い人(俳優なのか歌手なのかも知らない。まあそれはどちらでもいいけど)が「ホニャララという映画に主演させていただきました(この「させていただく」という変な謙譲語はもういい加減バカっぽいからやめた方がいいのだけど)◯◯と言います」と自己紹介したりするのを聞くと、こっちは目が点になる。
映画の主演ってそういうものなのか?
役所広司とか、そんなレベルの人が色んなところの協賛を得て一流の脚本で、ものすごいお金と時間をかけてやるもんなんじゃないのか?
仮に昨日まで素人でしたみたいな人を使うのだとしたら、それも巨額のお金をかけたコンテストなんかで何万人の中のひとりで選ばれたような新人を使うもんなんじゃないのか?
とおじさんは思ったりする。
ぼくは笑いの原点になるのがドリフだったりするが、まだこの映画の笑いのツボみたいなものは、ギリギリ間に合う感じで存外に楽しめたと記憶している。
コンビニエントな笑いではあるけど、喜劇とは元来そういったものの筈である。