与え合う交渉~交渉の目標を定めよう
夫婦間の問題
今回のご相談は、高いけれども必要な買物をするときに、事前に家族で話し合うかどうかです。
妻が何の相談もなく,突然20万円の最新型クーラーを買ってきました。なぜ相談しなかったか聞くと,「もう10年以上経ってるし,夏場に壊れたら大変でしょ。古いから電気代も高いし。どうせあなたに聞いても『まだ使えるから』とか言って反対するでしょ」とのことでした。確かに,相談されても反対していたかもしれません。でも金額が金額なので事前に相談してほしかったというと,「あなたの高い買物には文句を言っていないのに,みんなで使うものを反対される意味が分からない。私は個人的な買物もしていないのに!」と言い返されました。確かに,最近パソコン関連のものを相談せずに10万円ほどで買いました。でもそれは仕事でも使う物です。クーラーはまだ使えるのに,20万円もするのを相談せずに買うのはやはり納得できません。いまさら返品までは求めませんが,妻に私の考えを理解してほしいです。私は間違っているのでしょうか?
このご相談のように、夫婦の間でのお金の問題は、いつになってもなくならないそうです。夫婦仲をよくするためにも、なんとか解決したいところですが、このような夫婦間の問題についても、「与え合う」交渉の考え方で対応することは十分可能です。
交渉にはなにも難しいことは必要ありません。やるべきことはたったの3つだけです。
①自分の目標は何か、②相手は何を考えているか、③相手と「何を」「どう」与え合うか、この3つだけ準備して、意識を集中して交渉すればきっとうまくいきます。
自分の目標とは何か
交渉における目標とは、「交渉前には持っていないもので、交渉後に持っていたいもの」のことです。
交渉する意味は、あなたの意見を相手に取り入れてもらうためです。あなたの要求が相手に通らないのであれば交渉する必要はありませんよね。ですから、まずはあなたが交渉で何を相手に尊重してもらいたいのか、何を得ようとしているのか、そもそも何のために交渉しているのか、あなたの「交渉の目標」を明確にしないといけません。
何のために交渉するのかなんて、当たり前すぎて改めて考えるまでもないという意見もあるでしょう。
しかし、人はみんな個性的でありかつ複雑です。私もそうですが、みんな自分の言いたいことが頭のなかで整理されたうえで話すわけではありません。さっきまで話していた内容がいつのまにか全然違う話になっていた、なんて経験は誰しもあるでしょうし、目的もなく、なんとなく会話するといったこともあるでしょう。
そのため、交渉下手の人は、話をしているうちに話が込み入ったり混乱したりして、いったい自分は何のために交渉をしているんだろうと、交渉の目標を見失ってしまいがちです。
実をいうと、交渉の失敗の多くは、自分の交渉の目標が明確に定まっていないからなのです。ビジネスでも、利益を追求することが目標のはずが、本来の目標が分からなくなり、目先の売上減少を恐れて単価の低い取引を受け入れた結果、売上は減らないが利益は大幅に減少して倒産するといったことが起きているのです。
ですので、常に交渉の際には「目標」を意識して、自分のいまの行動が「目標」の達成に適っているのか、自問自答して交渉を進めていくことが必要ということです。
ですが、「目標」を難しく考える必要はありません。交渉の目標は、目先の利益ではなく、あなたの心の内から湧き出るニーズです。それを素直に「目標」にすればよいのです。
ただ、それは少なくともあなたにとって正当だと思えるものである必要があります。あなたにとって正当なものでなければ、どんな魅力的なものとの交換であっても相手は受け入れないからです。なにより、正当だと思えないことを達成目標に据えることほど、空しいことはありません。また、一般的にみても正当と思えないような自分勝手な目標も、同じく受け入れられません。正当な目標を達成することにこそ「与え合う交渉」は力を発揮します。交渉の倫理的側面についてはいずれお話ししたいと思っていますが、一般的にみて正義に適わないような交渉はおすすめしません。
「目標」についてすごく簡単な例で考えてみましょう。朝起きて、おなかが空いたので母親にパンを焼いてくれるように頼んだところ、炊き立てのゴハンならあるけどパンはないと言われたとします。あなたはパンを食べたいと思っていたかもしれませんが、なければゴハンでもいいですよね?ようは空腹が満たされればよいわけです。ここではあなたの母親とのこの時点の交渉(こういった母親との日常的なかかわりもすべて交渉です)の目標は、「空腹を満たす」ことであって、「パンを焼いてもらう」ことではないわけです。そうすると、空腹を満たすには何ができるかといったことに話が進むわけです。ところが、パンにこだわると、パンは無いわけですから、交渉が決裂してしまうわけですね。
目標はできるだけ明確でわかりやすいものにしましょう。交渉の「目標」は相手に伝えて理解してもらう必要があるからです。
ある小児科医が、患者の保護者に「明日は手術なのでゴハンは食べないようにしてください」と伝え、予定通り手術をしたところ、手術中に朝に食べたものが器官に詰まり、大変な騒ぎになったそうです。後に医者が保護者に確認したところ、「ゴハンは食べないようにと言われたので、パンを食べてきました」と答えたそうです。医者が安全に手術を行ううえで、患者と行う交渉の目標である「手術前には絶食にしてもらうこと」が伝わってなかったということです。
このようにあなたが今回の交渉で何を求めているか、交渉の「目標」を、まずはしっかり明確化する必要があるわけです。交渉術で有名な「ハーバード流交渉術」では、このことを「立場ではなく利害に着目せよ」と説明されています。「パンを食べたい」という立場に固執することなく、その背景にある「空腹を満たしたい」という利害に着目しないと、あらぬ方向に交渉が進んでしまいますよということです。
目標が定まらないこともある
自分の交渉の目標が何なのか、考えてもわからないということも、ときにはあるかもしれません。人との関係も物事も、固定しているものではなく、川の流れのように揺れ動き変化しているものです。交渉の目標が分かってもそれが本当に正しいのかどうか判断できないこともあるかもしれません。
そいうときは、一度落ち着いて、交渉をストップできるのであればそうするべきです。交渉の目標は、いわばゴール地点に立っている旗のようなものです。その旗に向かって交渉をすすめていくわけですが、交渉の目標が分からないということは、ゴールがわからないまま進んでいるようなものです。ゴールが分からないと疲れます。もしかしたら、ゴールから遠ざかっているかもしれません。
交渉の「目標」はできるだけ明確かつ具体的なものとして事前に定めましょう。
今回の相談
さて、では今回の相談の検討にうつりましょう。
今回の相談者さんをAさんと呼びます。Aさんの交渉の目標、つまり「交渉前には持っていなくて、交渉後に持っていたいもの」は何でしょうか?
Aさんとしては、「金額が金額なので事前に相談してほしかった」ということですが、他方で「相談されても反対していたかもしれません」と述べています。奥さまはそのAさんの考えを見破っているので、相談せずに購入しているわけですね。Aさんは、「まだ使えるか」という理由で反対していただろうと思っていたということを考えると、「事前に相談してもらうこと」に価値を置いているのではなく、「高いものを購入する際には、それが本当に必要かどうか事前に話し合うこと」に価値を置いているようです。
ところが、Aさんは自分のパソコン関連のものは10万円もするのに、奥さまに相談していなかったわけです。仕事でも使うということで必要性はあったのかもしれませんが、奥さまに相談していなかった時点で、自分の目標に適ったことを自身もしていないわけですね。Aさんが自分の交渉の目標にもっと早く気が付いていれば、矛盾した行動を防げたかもしれません。自分が重要と考えることについて、自分自身、気が付いていなかったわけです。
Aさんの目標は「高いものを購入する際には、それが本当に必要かどうか事前に話し合うこと」でしょう。
なおひょっとすると、あなたはAさんは自分勝手な人で、交渉の目標も「とにかく家計から何を買うかは自分が決めるようにする」という点にあると思われたかもしれません。
もし、それがAさんの目標であれば、これは一般的にみて受け入れられそうにもないので、正当な目標とはいえず、Aさんとしては交渉の目標の設定自体を考え直すしかありません。自分勝手な目標まで叶える交渉術ではないことは、理解してもらう必要があります。
さて次に、②奥さまの交渉の目標・奥様が重要とみているものが何かですが、奥さまの「あなたの高い買物には文句を言っていないのに、みんなで使うものを反対される意味が分からない。私は個人的な買物もしていないのに!」との発言から容易に推測されます。奥さまとしてもクーラーの購入を反対されることに不満をもっているのではなく、「自分のときだけ相談を強要されて、しかも反対されること」に不満をもっているようです。奥さまとしても、必要のない買物について反対されることは受け入れやすいでしょう。そうすると、Aさんの目標である「「高いものを購入する際には、それが本当に必要かどうか事前に話し合うこと」は受け入れやすいと思われます。ただ、その際に、Aさんがそれに反した行動をしないことも、奥さまにとっては重要です。そこで、Aさんとしては、前回10万円のパソコン関連を相談せずに購入したことについては率直にお詫びをして、今後は夫婦で相談し合うということで約束すればいかがでしょうか。
これで、Aさんの目標も達成できて、奥さまの目標も達成できたということになります。
Aさんとしては、お詫びをすることにもしかしたら抵抗があるかもしれません。ですが、それにより今後無駄な買い物がなくなり、しかも夫婦仲が良くなるとすれば、お詫びすることの負担はほとんどないのではないでしょうか。目標達成のためにはAさんも交換する必要があるということです。
今日はここまでです。
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