米国:過去最悪の労働市場の下での消費 = 所得と労働市場の不透明さ解消狙う「米国救済計画」 =

                       2021年03月15日

〇 民間消費支出改善の下でも、労働力人口は改善せず

 今年1月米国の個人所得の伸びが再度大きく上昇した。

 新型コロナ・ウイルス急拡大に見舞われた米国の個人所得は昨年4月前年比14.3%増と急拡大したが、その後は年末にかけて伸びが鈍化する姿を示してきた(図1)。

個人所得(月次)[2959]

図1. 米国 : 個人所得の推移(前年比増加寄与度、%)

 この個人所得の推移を裏付けるように米国の民間消費支出は回復基調にあるものの、昨年10-12月期に足踏みの状態を示していることは以前のレポートでお示しした。しかし、年明け後の1月、再び個人所得が前年比で2桁の伸びを示したことで、足踏みを示していた個人消費に回復拡大の可能性が感じられる。

〇 1月政府支援策が急増、しかし、雇用者所得の回復弱い

 表1で今年1月の個人所得の中身を眺めると、昨年4-6月期と同じく政府の支援である経常移転の受け取りが大きく寄与していることが分かる。政府による経常移転の受け取りは昨年4-6月期前年比寄与度で13.9%増と急拡大、雇用者所得など他の所得が落ち込む中で、個人所得を前年比で10.7%増へと大きく押し上げている。

表1. 米国 : 個人所得の推移(前年比増加寄与度、%)

個人所得(表)[2960]

 今年1月においても政府支援による経常移転の受け取りが前年比寄与度で13.6%増と急拡大、個人所得を前年比で13.1%増へと大きく引き上げている。

 但し、他の所得の推移を眺めると個人所得の本格的な回復には時間がかかる姿が浮かび上がる。

 個人所得の主軸である雇用者所得は昨年8月以降前年比プラスに転じてきているが、その回復力は個人所得増加に対して前年比寄与度で1月も1%以下で推移してきており、新型コロナ・ウイルス感染拡大前の19年10-12月期の2.5%増と比べても3分の1以下の増加寄与に止まっている。

〇 非農業事業者の落ち込み鮮明に

 加えて、昨年末から非農業事業者所得が減少基調を示してきている。前年比増加寄与度でみて非農業事業者所得は昨年11月にゼロとなり、その後マイナスに転じ、1月には同0.5%減まで落ち込んでいる。

 非農業事業者所得の減少は労働市場の推移にも明らかである。図2は非農業事業者の前年比増減を示したものであるが、新型コロナ・ウイルス感染拡大を受け、事業規模が小さい事業者(その他事業者、青棒)が昨年4月以降大きく減少、11月からは法人格の事業者(赤棒)が減少に転じ、12月以降は前年比80万人程度の減少を示し、2月においても同80万人を上回る減少を示している。

事業者[2961]

図2. 米国 : 非農業事業者の推移(前年比増減、万人)

 非農業事業者の推移は新型コロナ・ウイルス感染拡大に伴う外出、営業規制により、春から秋にかけては小規模な事業者の減少であったが、その後は法人格を持つ規模の大きい事業者にまで影響が及んできていることを示唆している。長引く感染拡大がその背景であり、サービス業を中心とした労働市場や消費の回復がさらに冷え込んできている証左である。

〇 1月の実質消費支出、前月比で高い伸び示すも、前年の水準に至らず

 このような状況の下で、1月の実質民間消費支出は前期比2.0%増と昨年6月(前月比5.9%増、前年比4.6%減)以来の高い前月比を示した。但し、前年比では昨年10-12月期の前年比2.6%減に対し同1.9%減と減少幅は縮小したものの、依然として前年の水準を下回っている(表2、図3)。

表2. 米国 : 実質民間消費支出の推移(前年比増加寄与度、%)

所得と消費(表)[2962]

所得と消費[2963]

図3. 米国 : 実質民間消費支出の推移(前年比増加寄与度、%)

 前述したように1月は政府支援により個人所得が前年比で2桁の伸びを示した。これを受ける形で実質可処分所得も1月13.3%と急増している。しかし、労働市場改善の遅れなどから消費の急増には結び付かず、貯蓄の増加(消費性向の低下)となっている。

 貯蓄率は昨年4-6月期に26.0%と過去最高の水準を記録した後、年末にかけて低下を示してきた。これは所得の伸びが落ち着くに従い、新型コロナ・ウイルス感染拡大の下で、ローン返済に加え必要不可欠な消費に回す割合を少しずつ増やしてきた姿である。このような状況下で1月に貯蓄率が再び20.5%へと急上昇したということは、新型コロナ・ウイルスに対する警戒心が継続していることを示唆している。

 ある国の財務大臣が現金による直接支援をしても消費が増加せず貯蓄が増えるだけで、経済政策としては有効でないと言及していた。この発言は米国の状況を眺めても経済行動を理解していない人の発言である。

 先行きの経済不安から政府の支援金を貯蓄に振り分け、必要不可欠な消費にも気を付けながら生活を維持しようという経済行動を理解できないのであろう。政府の直接支援が無ければローン返済や必要不可欠な消費もままならず、経済・社会不安を引き起こす。所得源が立たれる状況で政府支援による貯蓄の増加は消費を下支えし、消費回復へ大きな役割を果たすと理解すべきである。目の前のものにしか反応できないジュラシック・パークの恐竜みたいであり、滅びる種族である。

〇 労働力人口、過去最悪時から脱したものの、年明け後再び悪化

 政府支援による個人所得が増加しても人々が抑制的な消費活動を継続している背景には、新型コロナ・ウイルス拡大禍での労働市場の不安定さが継続しているためである。

 2月の非農業部門の就業者は季節調整値で前月比37.9万人と大幅な増加を示した。2月の数値は昨年12月の同統計7.9万人の下方修正、1月は3.8万人の上方修正された結果であるが、市場予想を大きく上回るものであり、同時に公表された失業率も1月から0.1%ポイント低下するなど労働市場の回復を期待させたものであった。

 労働市場の状況を改めて眺めてみよう。表3、図4、図5は労働力人口並びに非労働力人口の推移を示したものである。図4で21年Q1(1-3 月期)の数値は1月、2月の平均値である。

表3. 米国 : 労働力人口、非労働力人口の推移(対前年比増加寄与度、%)

労働力人口(表)[2965]

労働力人口[2958]

図4. 米国 : 労働力人口の推移(前年比増加寄与度、%)

非労働力人口[2964]

図5. 米国 : 非労働力人口の推移(前年比増加寄与度、%)

 労働市場に存在する労働人口(就業者+失業者)は、以前のレポートでも眺めたように昨年4ー6月期前年比で2.9%減を記録している。この落ち込みは公表されている統計(1948年以降)で過去最大の下落幅である。

 その後下落幅は縮小してきたが、今年1月、2月と前年比で2.6%減となり再び下落幅が拡大してきている。1月、2月の落ち込み幅は昨年4-6月期には及ばないものの、その落ち込み幅は依然として過去最大の領域にある。

 前年比でみて就業者、失業者の推移を眺めると、1月就業者は昨年10-12月期と同じ、失業者は同0.3%ポイント改善、結果的に労働力人口は同0.3%ポイント低下している。すなわち就業者に変化が無くても、失業者として労働市場に止まることができず、非労働力人口の増加となっていることを意味する。2月は就業者、失業者とも0.1%ポイント幅で改善しており、労働力人口の減少幅には改善が見られないということである。

〇 非労働力人口、過去最高の伸び継続、職場復帰あきらめる動き

 労働市場から退出した非労働力人口の推移を眺めると(図5)、昨年10月若干伸びは縮小したものの、8月以降は増加基調を続け、2月は横這いながら過去最大の伸びを維持している。

 年明け後非労働力人口が過去最大の伸びを維持する中で、労働市場からは退出させられたとはいえ就職を希望する非労働力人口の伸びが鈍化してきている。すなわち、年明け後職場復帰をあきらめた人たちが増加してきていることを示唆するものである。

 これまで眺めてきたように、2月の予想を上回る就業者、失業率の改善の裏側で、依然として労働市場が過去最悪の状態を継続しており、消費拡大の大きな足かせとなっていることが分かる。

〇 バイデン政権の「米国救済計画」に期待

 このような状況の下、バイデン大統領は予定より1日早く総額1.9兆ドル(約200兆円)の経済対策法案に署名した。

 これは「米国救済計画(Rescue Plan)」と呼ばれ、新型コロナ・ウイルス禍での所得格差拡大解消のため1兆ドルという巨額の家計支援が主軸となっている。その観点からも支給対象者の年収制限を厳格に行い、1人当たり最大1400ドルを支給、他方、失業保険給付の上乗せ額は週400ドルから300ドルに減額された。

 同時に新型コロナ・ウイルス・ワクチン接種においても対策を強化し、5月1日までに18歳以上の成人に接種を施し、7月4日の独立記念日は新型コロナ・ウイルス禍からの「独立」を謳い上げた。このため大統領と副大統領は全米各地を回り、対策の説明と国民の協力を呼び掛けるという。5月以降にはインフラ投資も具体化するという計画も公表された。

 これまで眺めてきたように、所得と労働市場の不透明さの解消が急務である。家計支援はすぐに施行されると発表されており、4-6月期の消費の回復が期待されるが、ローンの返済も含め、その恩恵は業種間で依然残ると考えられる。

 米国経済の回復、拡大は新型コロナ・ウイルスのパンデミックに見舞われている世界経済にとって最も重要なことである。

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