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フリーランスになって、休み下手になった話


さっき買ったばかりなのに、と思う。

「たくさん入ってるから」という理由で帰り道に購入したラムネは、残り2粒にまで減っていた。

子どもの頃食べていた小瓶タイプではなく、袋タイプになっているそれは、少し大げさに感じるほどブドウ糖の配合率の高さを謳っている。

「ブドウ糖でスッキリ!」のコピーに若干の胡散臭さを感じつつ、それに惹かれてこの商品を買ったのも事実だった。

焦りと、不安と、少しの頭痛。

袋の切り口は、笑えないほどイビツな形をしていた。


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カーソルの規則正しい点滅が、原稿の締め切りに追われる不安定な気持ちを助長する。

書いては消して。消しては書いて。

ときどき時計に目をやっては、「過ぎた時間」と「文字数」の割の合わなさに愕然とし、自分以外誰もいない部屋でわざとらしくため息をついてみせた。

フリーライターになって10ヶ月が経とうとしている。

趣味で文章を書いていた頃に比べれば、そのクオリティもスピードも確実に上がってはいる。目の前の原稿だって、きっと10ヶ月前の私には任せてもらえなかった仕事だ。その事実に浮かれていた。

これまでにも、同じようなことは何度だってあった。進まない原稿に苛立つことも、時計を見てうなだれることも、意味もなく「ああああああああ」とキーボードを連打することだって一度や二度じゃない。

それなのに、原稿が進まないときの苛立ちや焦りは、どれだけ経験しても一向に慣れる気配がないから厄介だ。

何も考えずに近くにあったスマホを引き寄せ、指紋認証でロックが解除されないよう、人差し指でホームボタンを押す。

日付を確認したところで、ふと、最近いつ休んだかなと思った。


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週休二日制、土日休み、長期休暇。

どれもフリーランスになってからは無縁の言葉だった。

もちろん所属する会社は、どこも基本的に土日休みで、長期休暇も稼働しない。Slackのやり取りも、休暇中はなるべく避けるようにしている。

とはいえ、平日中に消化できなかったタスクや原稿の進行は、休日に持ち越すことが多い。本来ならば、休日だからと割り切って休むべきのかもしれないが、自分が持っているボールは早めに処理したいせっかちな性格がそれを許さない。

加えて、旅行など特別な予定がない限りは自宅かカフェで過ごすことが多いため、結局手持ち無沙汰になってPCを開いてしまう。

事態を楽観視するならば、「ワークアズライフ」的な生き方ができていると考えてもいいのかもしれない。

ただ、いくら自分の好きなことでも、それでお金をもらっている以上は、仕事としての“緊張感”や“責任感”から逃れることはできない。

「好き」を仕事にすることと、自分が幸せであることは、常にイコールで結ばれるとは限らないと気づいたのは最近のことだ。

「働くこと」と「生きること」の境界線が曖昧になり、「休むこと」の定義を見失った私は、いつのまにか“休み下手”になっていた。


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ただ、そんな私でも自壊せずに過ごせているのは、少しずつ自分なりの「休み方」を見つけられている証拠かなと思う。

特に効果的なのは、仕事を忘れられる環境をつくることだ。

間違えてはならないのが、仕事を「しない」環境をつくるのではなく、仕事を「忘れられる」環境をつくるということ。

読書や家事、ショッピング、ストレッチ——「体」が仕事をしない環境をつくるのは簡単だが、「頭」が仕事を離れる環境をつくるのは意外に難しい。

本のページをめくっていても、締め切りに追われた原稿のタイトルをぼんやりと考えていることがあるし、洗濯物を干していてもいつの間にかプロジェクトの進行管理について悩んでいることもある。

PCを触っていなくても、意識が仕事に傾いているうちは、休んでいることにはならない。

そう気づいてからは、あまり使っていなかったテレビゲームで遊んだり、彼を誘って散歩をしたり、体も意識も「仕事」から離れやすい行動を意識的にとることができるようになった。

小さなことかもしれないが、こういった積み重ねがあるから、私は今日も仕事に向き合えているのだと思う。


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ラスト1粒のラムネを食べようした瞬間、玄関のドアが開く音がした。

「ただいま」よりも先に「疲れた〜」と言いながら家に入ってくる彼が、私の右手に視線を向ける。

「ラムネ、食べる?」

そう言うと、彼は黙って顔を近づける。遠慮がちに開いた口に、小さな白い玉をそっと放り込んだ。

イビツな形をした袋の切り口を見て、彼は「雑だねえ」と笑う。

私は、また明日もラムネを買いに行こうと思った。


ライティングを学び合う会員コミュニティ「sentence」のメンバーが、月ごとのテーマに沿ってマガジン「gate, by sentence」を更新していきます。3月のテーマは『あなたの「休み方」について』です。


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